top of page
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram

窃盗症TWO  古生物としてのクレプトマニアと現代の医学と法学

(「転」からの続き)

      結

401

三度目の確認になるが(1st: 「起」の1、2nd: 「承」の211)、本稿で堅持している基本方針をあらためて示す。

窃盗症の被告人を擁護も非難もしない。本稿はこの立場を堅持して進める。

 

402

このことはいくら強調してもし過ぎることはない。擁護か非難か、どちらかを前提としてしまえば、それは論点先取であって、窃盗症についての責任能力論として成立しない。

 

403

現実には我が国の裁判所は、窃盗症の被告人を非難するという結論をあらかじめ設定したうえで、その結論を正当化する判示を重ねてきたことは「承」で示した通りである。

 

404

何十年も続いていたそんな状況に大きな一石を投じたのが『窃盗症論1   1審で心神耗弱が認定された窃盗症の一例』に詳述したcase TLの裁判であった。

 

405    

Case TLの裁判が終結したのは2022年の差戻審(東京高裁)である。そこでは、1931年の大審院で責任能力の事実上の定義の中に示された法的概念としての「行動制御能力」と、医学概念としての「衝動制御能力」の関係が、90年の断絶を経て、ようやく法廷で正面から論じられたのである。

図85 年表: 刑法施行、昭6大審院判決、そしてTL差戻審

窃盗症の責任能力が法廷で正面から論じられたのは、責任能力の事実上の定義が示された1931年の大審院判決から約90年後であった。

406

だが100年前の権威ある刑法学の教科書に、窃盗症の責任能力についてはすでに記されている。その著者は昭和6年大審院判決を下した裁判長の泉二新熊(もとじ・しんくま)で、原則は心神耗弱であるという趣旨の記述をしている(図86)。

図86  泉二新熊の窃盗症の責任能力論

(泉二新熊 『日本刑法論 上巻 (總論)』有斐閣 

明治41年(1908年)初版 大正12年(1923年)訂正35版 425頁)

第三十九條第二項」は、現行刑法39条2項、すなわち心神耗弱である。「竊盗狂」は窃盗症である。窃盗症を「殺人狂」「放火狂」「色情狂」とあわせて「徳義狂」と名付け、徳義狂は「精神病的中間者」であるとして、責任能力については精神鑑定等を通して認定するのが当然であるものの、原則的には心神耗弱とすべきであるとされている。

407

ではなぜごく最近までクレプト完責前提論(窃盗症は完全責任能力であることをあたかも所与の前提であるかのようにみなす論)が優勢であったのか。100年も前の時点の刑法学ではむしろクレプト耗弱前提論が優勢であったとさえ思えるのになぜ?

 

408

精神医学界に目を向ければ、精神障害としての窃盗症が19世紀にすでにモノマニーの一型として記載されていたのは本論「起」に既述の通りで、それはクレペリンが現代の統合失調症の原型である早発性痴呆を記載した時よりさらに前の時代である(図87)。

図87 年表: 精神疾患としての窃盗症は19世紀前半にすでに記載されている。それはクレペリンによる統合失調症の原型の記載(クレペリンの教科書第4版50))より前の時代である。

409

100年前の判事兼刑法学者の泉二新熊もエスキロールを読んでいたのであろう。前掲図86の自著引用部分に記されている「徳義狂」を「モノマニー」の訳語として泉二は用いている(図88)。

図88 泉二新熊: 徳義狂=モノマニー

(泉二新熊 『日本刑法論 上巻 (總論)』有斐閣 

明治41年(1908年)初版 大正12年(1923年)訂正35版 434頁)

「一事狂」は「モノマニー」の直訳である。それが「徳義狂」と訳し直されていることから、泉二がエスキロールの原著を読んでモノマニーの概念を把握していたことがわかる。(より厳密には、「徳義狂」はモノマニーの3分類の一つであるところのmonomanie instinctive (本能性モノマニー: 放火、殺人、酩酊などに走るもの)30)40)を指した訳語というべきであろう)

410

しかしデータベースの判例を見る限り、法廷に登場する窃盗症はその精神疾患としての特質を無視されたまま裁かれ続けてきた。本稿「承」で述べた通り、物品への欲求を犯行動機であるとする認定(第1世代の判例)、被害店内で窃盗に向けての合理的・合目的的行為がなされていることをもって行動制御能力が保たれていたとする認定(第2世代の判例)が、平成までの判例の大部分を占めていた。第1世代と第2世代の判例はいずれも、窃盗症の衝動制御障害を裁判所が正しく理解しないままに責任能力についての認定がなされたものであるところ、令和4年(2022年)のcase TL差戻審2160)で衝動制御能力(医学的概念)と行動制御能力(法的概念)の関係が初めて正面から論じられた。その判決書に示された論考は決して成熟したものではないが、法と医がいわば初めて議論のテーブルについたという意味で、新たな第4世代の判例と呼ぶにふさわしい価値を有していると言える(図89)。

図89 年表: 窃盗症の判例の進化 (本稿「承」に詳述した。要約は213、図10)

第1世代: 物品への欲求を犯行動機であると認定するもの。

第2世代: 被害店内で窃盗に向けての合理的・合目的的行為がなされていることをもって行動制御能力が保たれていたと認定するもの。

(データベース上は、昭和の時代の判例の動向は把握できないのでグラデーションで示してある)

第3世代: 被害店に入店する前の段階での被告人本人による犯行を未然に防ぐ努力に着目するもの。第3世代の判例はデータベース上2例2470)2500)しかないので図には示していない。

第4世代: 医学的概念としての衝動制御能力を正しく理解したうえで、同能力と行動制御能力(法的概念)の関係を正面から取り上げて論ずるもの。令和4年TL差戻審2160)がその嚆矢である。

第1世代の判例は裁判官による事実誤認や確証バイアスに基づくものが大部分であるから、今後は消滅に向かうであろう。第2世代の判例は、責任能力論としての「異常精神論」(『窃盗症論1』「結」126; 『切断是非論』120-124)についての理論・実務の動向によって、消滅・増加のいずれもありうる。第3世代の判例の消長はいわゆる事前責任論の扱われ方による。第4世代の判例は、医と法の接点が厳しく顕在化するもので、今後の判例の展開が注目される。その結果、100年前に泉二新熊が記述した「窃盗症は原則心神耗弱」という方向に議論が進むか否かは興味深いところである。

411

前項410に「第1世代と第2世代の判例はいずれも、窃盗症の衝動制御障害を裁判所が正しく理解しないままに責任能力についての認定がなされた」と記したが、そのような裁判が続けられていたのは、窃盗症についての精神医学の進歩が著しく停滞していたという理由が大きい。1975年以後、窃盗症は、公式の診断基準に収載はされているものの、実質的にはクレペリンが1915年の教科書に「衝動狂(現在の衝動制御症と同義)という分類は仮のものであって、他の病態との境界は曖昧で、衝動狂に分類した病態を統一する特徴も曖昧である・・・精神医学的研究がまだまだ進んでいない」と記した時から進歩していない(図90)。本稿『窃盗症論2』サブタイトルの通り、窃盗症は古生物なのである。

図90 年表  公式の診断基準における窃盗症の位置づけ--- 判例の進化との対比

窃盗症Kleptomaniaは1975年のICD-9、1980年のDSM-Ⅲ以来、「衝動制御症」の一つとして記載され続けてきている。2013年のDSM-5、2022年のICD-11でも同様である。ICD-11には「嗜癖行動症 Disorders due to Addictive Behaviours」というカテゴリーが新設され、ギャンブル症Gambling Disorderがそれまでの衝動制御症から嗜癖行動症に移されたが、窃盗症は衝動制御症に分類されたままである。クレペリンが1915年の教科書に「衝動狂という分類は仮のものであって、他の病態との境界は曖昧で、衝動狂に分類した病態を統一する特徴も曖昧である・・・精神医学的研究がまだまだ進んでいない」と記した時から、窃盗症の精神医学研究はほとんど進歩していない(以上は本論「起」に詳述した)。

412

窃盗症の精神医学的研究がクレペリンの記載から100年以上が過ぎても進歩していない背景には、精神障害としての窃盗症に特有の事情がある。

(1)症状そのものが犯罪であること。

(2)臨床場面では精神科医がほとんど出遭うことがないこと。

(3)動物モデルが作れないこと。

こうした事情のため、「日々の臨床での患者の診察から生まれた疑問を解明するため、その疾患の動物モデルを作成して生物学的メカニズムを明らかにし、ひいては治療法を開発し、患者を救う」という、医学研究の根底にあるモチベーションが作動する機会がほとんどなく、あったとしても、研究方法が著しく困難なのである。

 

413

上記412の(1)(2)(3)は解決不可能とさえ思える非常に高いハードルで、窃盗症が古生物から進化することは期待し難いという敗北主義も一理あるかもしれない。だがここに、物質依存(薬物依存、アルコール依存)についての研究結果を援用するという光を見ることができる。

 

414

「依存 dependence」が現代では一般的な医学用語になっているが、本来は「嗜癖addiction」が正しいというべきであり、近年では公式の診断基準でも嗜癖addictionという用語が復活してきていること、そして窃盗症をはじめとする衝動制御症は嗜癖addictionとして捉えることができる、というより衝動制御症と嗜癖の境界は臨床的にも曖昧であって、生物学的にはメカニズムは共通していると見ることができるのは本稿「転」で述べた通りである。

 

415

(未完)

© 2023 by Site Name. Proudly created with Wix.com

bottom of page