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窃盗症TWO   古生物としてのクレプトマニアと現代の医学と法学

(「」からの続き)

 

    転 

 

226

任意の障害の脳機能の解明においては、その障害の本質であると思われる特徴を抽出するのが第一段階 2830)、そしてそれを動物モデルに変換するのが第二段階になる。

 

227

窃盗症の本質的特徴は「盗むために盗む」という行為を「繰り返してしまう」ことである。

 

228

本人は、「繰り返してはいけない、やめたい」と強く思っていても繰り返してしまう。

 

229

したがって窃盗症は、「衝動制御症」である一方で、「嗜癖」の性質をあわせ持っている。というより、窃盗症に限らず、衝動制御症と嗜癖の境界は曖昧であると言った方が正しい。曖昧どころか、本質的には同じであると言っても過言ではない2840)2850)。(図31)

図31=図2再掲  衝動制御症/嗜癖としての窃盗症の概念.

「発生した衝動による行為=窃盗」を「繰り返してしまう」のが窃盗症である。「衝動制御症」という分類は「発生した衝動」の方に着目する立場に基づいているが、「繰り返す」方に着目すれば「嗜癖」である。「嗜癖」に分類されている多数の病態、たとえば薬物依存もこの図のように描写することができる。

230 (嗜癖addictionとは)

「繰り返してしまう」とは、「やめるべきなのにやめられない」ということである。それが嗜癖addictionである。嗜癖は物質嗜癖と行動嗜癖に大別される(図32=図4再掲)。物質とは薬物やアルコール、行動とはギャンブルやセックスや窃盗である。

図32=図4再掲  物質嗜癖と行動嗜癖.

嗜癖addictionは、端的には、「やめるべきなのにやめられない」ことをいう。

物質(薬物、アルコール)がやめられないのが物質嗜癖、行動(ギャンブルなど)がやめられないのが行動嗜癖である。

231 (快=報酬 rewardと 不快=罰 punishment)

嗜癖についての医学研究は、薬物依存をテーマにしたものが最も発展しており、脳機能もかなり解明されている。研究の出発点は、「人はなぜ同じことをまたやるのか」という問いである。この問いに対する最も端的な答えは、「またやりたいからと思うから」であり、「またやりたいと思う」理由は、「やればいいことがあると期待できるから」である。「いいこと」とは「快」であり、これを「報酬 reward」という。「報酬 reward」の反対は「不快」な「罰 punishment」である(図33)。

図33 「またする」理由

人は(人に限らず生物はすべて)、「快 (報酬 reward)」を求め、「不快 (罰 punishment)」を避ける。

232

「やればいいことがあると期待する」のは、「やったらいいことがあった」という経験を学習した結果である。人は過去の経験の学習に基づき意思決定をするのである。したがって上の図33は図34のように書き換えることができる。

図34  経験に基づく意思決定と行為

経験に基づき報酬 reward ありと予測すればGOの意思決定をする。罰 punishmentありと予測すればNO-GOの意思決定をする。これが正常である。

233

すると「薬物摂取を繰り返してしまう」ことも同様に図式化することができる(図35)。

図35 経験に基づく意思決定と行為: 薬物摂取

薬物摂取の経験に基づき報酬 reward ありと予測すればGOの意思決定をする。罰 punishmentありと予測すればNO-GOの意思決定をする。これが正常である。当該薬物が違法薬物である場合、大部分の人々はそもそもその薬物の摂取自体をしない。それに対し少数の人々は違法薬物を摂取する。それでもその薬物摂取が違法であれば罰 punishmentありと予測し、以後においてはNO-GOの意思決定をするというのが正常であると考えられる。

234 (意思決定の障害としての薬物依存)

罰 punishment があるのにもかかわらず、薬物摂取を繰り返すのが薬物依存(嗜癖 addiction)である(図36)。

図36 経験に基づく意思決定と行為: 薬物依存 (嗜癖)

薬物依存(嗜癖)では、罰 punishment (何らかの「不快」) があるのにもかかわらず、薬物摂取を繰り返す。図36の「脳内イメージ」は、想像も知覚も含む。想像であれ(つまり目の前に薬物は存在しない)、知覚であれ(つまり目の前に薬物が存在する)、脳内に薬物のイメージが発生したとき、そのイメージから報酬または罰が予測され、意思決定がなされることをこの図は示している。

235

すると薬物依存(嗜癖)においては、薬物摂取により得られる報酬が罰よりも過大に大きく認識(予測)されていることになる2860)。これは薬物依存の行動から論理的に導かれる事実で、その生物学的(脳科学的)メカニズム同定を目指す多くの研究がある2870)(図37)。

図37  報酬の予測と薬物依存(嗜癖)

薬物摂取により得られる報酬が罰よりも過大に大きく認識(予測)されているため、罰の存在にもかかわらず、GOすなわち薬物摂取の意思決定がなされる。これが薬物依存(嗜癖)である。

236 (窃盗症: 仮説1)

窃盗症でも同様のメカニズムがあるという仮説が成立する。すなわち、窃盗により得られる報酬が罰よりも過大に大きく認識(予測)されているため、罰が存在するにもかかわらずGOすなわち窃盗(万引き)の意思決定がなされるという図式である(図38)。

図38  窃盗症: 仮説1

窃盗症でも薬物依存(嗜癖)と同様、報酬が罰よりも過大に大きく認識(予測)されているため、罰の存在にもかかわらず、GOすなわち窃盗(万引き)の意思決定がなされる。これが仮説1であるが、人間の意思決定はつきつめれば報酬と罰の認識(予測)によって決定されるものであるから、これは仮説というより、窃盗症という現象についての「報酬と罰」という概念を用いた説明と言うべきであろう。なお図の【脳内イメージ】は、図36(薬物依存)では「想像も知覚も含む」と記したが、窃盗症では「知覚」の場合が多いようである。すなわち、店に入り、品物を見たときに(知覚したときに)、「報酬の過大評価」が脳内に発生するのである2880)

237 (窃盗症: 仮説2)

この仮説1は下の図39左のように窃盗症の臨床像にあてはめることができる。すなわち、病的でない窃盗(図39右)では、特定の物品(たとえば食品)に対して「それが欲しい」という欲求が存在し、その欲求に続くものとして衝動(=窃盗という行為への衝動)が発生し、窃盗行為に至る。それに対し窃盗症の窃盗では「それが欲しい」という欲求が動機ではなく、「窃盗という行為」への希求(衝動)が動機である。ここまでが窃盗症の臨床像であることは、本稿「起」61の図3、「承」の図17などに示した通りである。臨床観察から言えることは「窃盗症では、窃盗のために窃盗する」=「窃盗症は窃盗への衝動による行為である」までであるが、薬物依存患者において薬物による報酬rewardが過大に大きく認識(予測)されているのと同様に、窃盗症において物品を窃盗することによる報酬rewardが過大に大きく認識(予測)されているという仮説(236図38に示した仮説1)が成立するとすれば、この報酬rewardへの認識(予測)が衝動(窃盗への衝動)に直結していると考えることができる(図39)。

図39  窃盗症: 仮説2  (薬物依存のメカニズムの窃盗症臨床へのあてはめ)

236図38仮説1からは、窃盗症における窃盗への衝動は、報酬rewardの過大評価に起因するという仮説2を導くことができる。言うまでもないが、ここでいう報酬rewardとは、実世界における報酬や利得ではなく、認識(予測)である。その認識(予測)は、物品の脳内イメージから惹起されるものであるが、物品そのものとしての利得ではない。物品から報酬rewardへの矢印を実線でなく破線にしてあるのはこのことを示している。

238

但し窃盗症においても薬物依存においても、図37-39のようなアルゴリズムが本人に意識されているとは限らない2890)。図37-39は、あくまでも窃盗症ないし薬物依存の、脳内メカニズムという観点からの説明である。

 

239

このことは刑事責任能力を論ずるとき重要である。なぜなら、「意識されている」ということになれば、「自分の意思で行為を思いとどまることができたはずだ」という推定に繋がりうるからである。

 

240

また、図38のアルゴリズムに示した報酬 rewardは、日常用語でいう「報酬」とは異なり、生物にとって「快」であるものすべてを指していることも重要な点である。但しその中には日常用語でいう「報酬」も含まれ、また窃盗という行為ではそう解釈する方が自然であることから、取り調べ等において、それを前提とした誘導がなされ、したがって事件の出発点において事実が歪められた記録が裁判の証拠として扱われるという事態がしばしば発生している。警察官や検察官からの「万引きしたのはその品物が欲しかったからなのか?」という質問がその典型である。この質問は図38における「報酬の過大評価がGOの意思決定をさせた」というメカニズムを、「本人の意思としてその物品が欲しかった」という非難可能な形に置き換えたものにほかならない。

 

241 (平25さいたま地裁; 摂食障害兼病的窃盗)1960)

たとえば172に既述した平25さいたま地裁1960)は次の通り判示している:

 

その動機は,盗み取った客体の性質に加え,被告人の逮捕当日の警察官に対する供述等に照らすと,自己消費目的と認められて了解可能である

 

242 (平26東京高裁; 重篤な摂食障害とそれに伴う窃盗癖)1970)

また、173に既述した平26東京高裁1970) は次の通り判示している:

 

窃取した物がすべて食料品であることや、逮捕当日の被告人の警察官に対する供述(警察官の弁解録取の際に、捕まらなければ家で食べるつもりだったと供述している)等に照らすと、本件は自らこれらを消費するための犯行であって動機は了解可能である

 

243

上の241, 242はいずれも、逮捕当日の被告人が警察官に自己消費目的でとったという趣旨の供述をしていることを、犯行動機が物品への欲求であるという認定の一つの根拠にしている。しかし供述調書とはそのかなりの部分が誘導による供述に基づいた作文であるという事実を考慮しなければならないこと(そこまでは172, 173でも指摘した)に加えて、物品への欲求というわかりやすい動機ではなく、報酬 rewardへの衝動(=脳内に発生したインパルス)によるという説明がありうることも考慮したうえで、犯行全体を見直す必要があると言えよう。

 

244

但し図39(237)は仮説にすぎない。この仮説は薬物依存からの類推である。では薬物依存の脳機能はどこまで解明されているのか。薬物依存の成立を最も単純化すれば図40になる。すなわち薬物摂取によって脳内に「快」の反応が惹起され、それを学習したことによって、薬物を再摂取するようになったのが薬物依存である。

図40 薬物依存と脳: 最も単純化した図

報酬の認識(予測)に基づき薬物を再摂取するという図36(経験に基づく意思決定と行為)は、単純化すれば図40になる。

245

すると「快」に対応する「何か」が脳内に存在するはずである。脳を、その各部位が機能を分担する装置であるととらえれば、その「何か」に対応する部位、すなわち「快感中枢 pleasure center」(報酬中枢 reward center と呼ばれることもある)を仮想することができる。20世紀半ば、その「快感中枢」を同定しようとする研究が盛んに行われていた。

図41 薬物依存と脳: 快感中枢 pleasure center の探究

「快」に対応する「何か」が必ず脳内にある。その「何か」は「中枢」という名に値するほどの役割を担っている部位とは限らないが、「中心的な役割を担っている部位」が存在するというのは十分に合理的な推定である。20世紀半ば、同部位が「快感中枢 pleasure center」(または報酬中枢 reward center。「快 pleasure」と「報酬 reward」は同義語であるとして差し支えない)と仮称された。

246 (Olds & Milner 1954: 脳内自己刺激行動)2900)

動物実験によって快感中枢を同定するためには、

(1) 脳の色々な部位に電極を埋め込み

(2) 動物が自分の意思で各電極のスイッチを押すことができるようにする

という実験デザインを組み、動物がどのスイッチを好んで押すかを観察すればよい。これを脳内自己刺激行動実験という。1954年、Olds & Milnerはこの実験によって、動物の快感中枢を同定した(図42)

図42  脳内自己刺激行動 (Olds & Milner 1954 の実験)

ラットの脳内の色々な部位に電極を埋め込み、ラットがレバーを押すと電極に短時間の電気刺激が起こるようにし、ラットに自由にレバーを押させる。するとラットは、ある特定部位の電極に対応するレバーを好んで押し続けるようになった。その特定部位を快感中枢 pleasure center と仮称することができる。(図上方の脳の図は、この後の説明の便宜上、人間の脳の図を示してある)

247

Olds & Milnerが同定した快感中枢を人間の脳に対応させれば図43に示した部位になる(この図は説明の便宜上作成した概略図であり、解剖学的に正確な図ではない)

図43   Olds & Milner 1954が同定した「快感中枢」の概略的部位

これは、本論で後に言及する報酬系との関係を示すための概略図であって、解剖学的に正確な図ではない。

248

Olds & Milner 1954 の実験は、有名なSkinner Box (スキナー箱) からの発展である2910)

 

249

スキナー箱は、動物のオペラント条件づけに用いる実験装置である。オペラント条件づけとは、報酬や罰の学習によって、自発的にある行動を行うようになる(すなわち意思決定をするようになる)ことを指し、前掲図34がまさにそれにあたる。

 

250

Skinnerがこの実験を開始したのは1938年である。さらに歴史を遡れば、パブロフの犬で有名なPavlovの条件反射の実験がある2920)。パブロフが彼の一連の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞したのは1904年である。我が国の刑法・責任能力論との時間的関係を参考までに示す(図44)

図44  行動心理学と我が国の刑法・責任能力論との対応

Pavlov, Skinner, Olds&Milnerに付した年号は本稿246と250による。

251

報酬が得られることを学習して意思決定をする。そこまではスキナーがすでに示していたことであるが、その意思決定における脳内の重要な部位を同定したのがOlds&Milner1954の実験であった(図45)。

図45 報酬 reward を求め、薬物を摂取する

Olds&Milner1954は報酬を得るための意思決定にかかわる脳内の部位を同定した。① 薬物の摂取; ② 脳内に「快 pleasure (報酬 reward)」が発生; ③ 「快」を得るため薬物を希求。

252

Olds & Milnerの同定した部位は、ドーパミン神経が豊富であったことから、報酬 rewardはドーパミンと密接に関係していることは直ちに推定されていた。実際にドーパミン神経の活動と報酬rewardが直接関係していることが最初に示されたのは約20年後であったが、1970年代から1990年代の多数の研究により、脳の報酬系 reward systemとドーパミンの関与がほぼ確立されるところとなった(図46)2930)

図46  報酬系 reward system

報酬 reward = 快 に関与する脳の部位と、それぞれを結ぶドーパミン神経。(この図は報酬系の主要な点のみを簡略に示したもので、それぞれの部位・大きさはおおむねのイメージにすぎない。たとえば前頭前野の範囲はもっと広い)

253 (窃盗症: 仮説3)

すると窃盗症のメカニズムとして、「ドーパミンへの希求が窃盗という行為として発現する」という仮説が成り立つ(図47)。

図47  窃盗症: 仮説3

脳内の報酬系の主役がドーパミンであるのなら、報酬を求める意思決定・行動は、脳内のドーパミン希求に対応していると推定することができる。すると窃盗症における窃盗するという意思決定はドーパミンを目的とする意思決定であるとする仮説が成り立つ。

254

仮説1を仮説2に変換したのと同じように、仮説3は仮説4(図48)に変換し、窃盗症の臨床像にあてはめることができる。仮説4(図48)は仮説2(図39)からの発展としても位置づけることができる。すなわち、報酬rewardへの認識(予測)は衝動(窃盗への衝動)に直結し、その衝動とはドーパミン神経の活動と密接に関係していると考えることができる(図48)。誤解をおそれずわかりやすく言えば、窃盗症では、物品のためではなく、ドーパミンのために万引きするのである。これをもう少し具体的に言えば、ドーパミンによって脳内に作り出された衝動によって万引きするのである。

図48 窃盗症: 仮説4

窃盗症における窃盗への衝動が報酬rewardの過大評価に起因する(仮説2)とすれば、その報酬は脳内報酬系のドーパミンと密接に関係している。

255

但しここで、特に責任能力論との関係で非常に重要な点は、「ドーパミン希求」も「ドーパミンを目的とする意思決定であること」も本人には意識し得ないことである2940)

 

256

それはすなわち、被告人はいわば、脳内に発生した物理化学的な事象に「指示」されて犯行を行ったということである2950)

 

257

精神医学の黎明期においても、窃盗症が脳内に発生した物理化学的な事象と密接に関係していることは、碧学たちの一致した見解であった。

 

258

本稿「起」に記した通り、クレペリン(19 180)190))、ブロイラー(22 240)250)、クレッチマー(22 260)270)、そして呉秀三(25 320))らは、一致して、窃盗症が女性性・女性の性欲と密接に関係しているという説を述べている。これは現代には通用しない仮説であるが、窃盗症が物品への欲求ではなく何らかの生物学的原因(=脳内の物理化学的な事象)による精神障害であるという意味では現代に通じるものである。当時はドーパミンという物質が知られてさえいなかったのであるから、生物学的原因として女性性を仮説するのは合理的であったと言うことができよう。

 

259

彼らはいずれも、窃盗症の本質が「盗むために盗む」であることを見抜いていた。それはすなわち了解可能な動機は存在しないということで、そうであれば脳内に何らかの生物学的原因を求めるのは論理的に正当である。

 

260

窃盗症の原因として女性性を仮説しないシュナイダー(23 280)290))や石田昇(27 340))も、窃盗が「理由なく」なされることは正確に指摘している。本稿「起」23と28を再掲する:

23 (シュナイダー)

シュナイダー (Kurt Schneider  1887-1967)は彼の主著『臨床精神病理学』に、衝動的に行われる不合理な窃盗というものがあることを記載しており、一次的な(primäre)衝動の発露であるとみなさなければならないと述べている280)290)

 

28

石田昇による衝動性精神病の記述は次の通りである。現代にもそのまま通用する見事な要約である350)

 

本病は発作性若しくは持続的に誘発する所の病的傾向及び衝動を以て主徴候とする變質病にして行為に對する明白な理由なく、患者は単に抵抗すべからざる衝動の犠牲に供せらる丶に過ぎず。

261

したがって、「ドーパミンへの希求が窃盗という行為として発現する」という仮説3(253図47)は、クレペリンをはじめとする19世紀末から20世紀初頭の精神病理学者の観察を支持し、そして次の段階に発展させるものであると言える。

 

262

だが話はそう単純ではない。「ドーパミンが報酬系に密接にかかわる物質である」ということまでは確立した事実であるが、だからといって「「快」はドーパミンによってもたらされる = ドーパミンは「快感物質」である」という推論は、わかりやすいものであるが、あくまでも仮説にすぎない。

 

263

実務家は(医療における実務家とは臨床医である)現実場面で有用な答えを欲する性質があるため、わかりやすく役に立ちそうな仮説を支持したくなりがちだが、それは確証バイアスそのものである。

 

264

報酬系の概念が確立してから、ドーパミンと報酬についての脳研究は次のステージに入る。その嚆矢は「予測と報酬にかかわる神経基盤」と題された1997年のSchultzらの論文である2960)。(以下この論文をSchultz1997と記す)

 

265

本稿は「窃盗症論」である。窃盗症は行動嗜癖の一種である。「窃盗症論2」の「転」のテーマは窃盗症の脳機能である。しかし窃盗症の脳研究はまだまだ未発達である。他方、物質嗜癖(物質依存; 薬物依存)の脳研究は、行動嗜癖に比べると格段に進歩している。その背景には、記憶・学習・意思決定といった、より大きなテーマに接近する方法として、薬物依存が非常に有効な病態だという事情がある。逆に、記憶・学習・意思決定についての脳研究により得られたデータが直接的に生かせる病態が薬物依存であるとも言える。Olds & Milner 1954の研究にしても、その後の報酬系/ドーパミンの研究にしても、研究者達は薬物依存への関心というよりも記憶・学習・意思決定への関心に駆動されて研究を進行させてきた。Schultz 1997 のタイトル「予測と報酬にかかわる神経基盤」はそのことを象徴している。同論文のキーワードは「報酬予測誤差」である。

 

266(Schultz1997: Steps 1 & 2)

Schultzの実験ではstep 1として、サルに光刺激を与えた後に報酬(ジュース)を与え、その一連の流れを通してサル脳内の報酬系ドーパミン神経の活動を測定した。ドーパミン神経は当然に、報酬を与えられたときに活動が増した(図49上)。

このStep 1 を繰り返すうちにサルの報酬系ドーパミン神経は、光刺激を与えられた時点で活動が増し、それに続く報酬を与えられた時には活動が増さないようになった(図49下)。

図49  Schultz 1997: Steps 1 & 2

光刺激の後に報酬が得られることを繰り返し学習させるのがStep 1 である(図49上)。この学習の後には、光刺激を与えた時のみにドーパミン神経の活動が増すようになる(Step 2: 図49下)2970)。(図中の表情のイラストについては後述する)

267

これはパブロフの犬で有名なパブロフの条件反射の実験の発展版である。パブロフは音刺激の後に報酬が得られることを繰り返し学習させ、音刺激だけで唾液が分泌されるようになることを示した。条件反射の成立である。Schultzは光刺激の後に報酬が得られることを繰り返し学習させ、光刺激だけでドーパミン神経の活動が増すことを示した。 これも条件反射の成立である。ここまではパブロフの実験とSchultzの実験は同型である。条件反射が成立した後は、報酬が与えられてもドーパミン神経の活動は増さなくなることを示したのがSchultzによる発展である(図50)。

図50  Schultz1997: steps 1 & 2 の要約

光刺激の後に報酬が来ることを学習した後には、光刺激の時にドーパミン活動が増し、報酬の時にはドーパミン活動は増さなくなった。

268

Schultz1997のこの知見を、DSM-5の窃盗症の基準、

B. 窃盗に及ぶ直前の緊張感の高まり

Increasing sense of tension immediately before committing the theft.

に対応させることも可能であろう。

 

269 (Schultz1997: Steps 3 & 4)

Schultzは次にStep 3 として、光刺激を与えた後に報酬を与えないことを繰り返した。サルはStep 2 によって、光刺激の後には報酬が来ることを学習しているから、Step 3 では期待を裏切られ続けることになる(図51上)。この「期待を裏切られる」ことを学習した結果は、光刺激の後にはドーパミン神経の活動は逆に弱まることが観察された(Step4: 図51下)。

図51 Schultz1997: steps 3 & 4 の要約

Step 2 (262: 図49)でサルは、光刺激の後には報酬が来ることを学習したが、step 3ではその学習が裏切られることを学習させられた。すると光刺激の後にはドーパミン神経の活動は逆に弱まるようになった。

270

Steps 1-4をまとめると図52になる。つまりドーパミン神経の活動は、報酬(快 pleasureそのもの)ではなく、報酬の予測と実際の報酬の誤差に対応している。これがSchultz1997に示された画期的な結果である。

図52 Schultz1997の全体像

ドーパミン神経の活動は報酬予測誤差に対応していた

271

図52をもっとシンプルにまとめると図53になる。

図53 Schultz1997の結果要約

272

俗には「ドーパミンは快感物質である」と言われている。これは、快すなわち報酬を獲得したタイミングで脳内のドーパミン神経の活動が高まる(したがってドーパミンが脳内に増える)という事実に基づいている。しかしそれはドーパミンと報酬の関係についての初期の研究データであって、Schultz1997の画期的な研究によって、ドーパミンは報酬そのものではなく予測された報酬と実際の報酬の差分、すなわち報酬予測誤差に大きくかかわる物質であることが示されてからは、ドーパミンと意思決定についての脳科学的研究は、神経生物学の実験研究と計算論的研究が協働する形で急速に進行している。

 

273 (報酬系と意思決定)

それらの研究の発展の先には、嗜癖全体、そしてもちろん嗜癖の一型としての窃盗症の脳機能の解明が現実のものとして期待できるが、本稿は未来よりもむしろ現在地、純粋な脳科学よりもむしろ法と脳科学の接点に着目して論を進めるものである。その立場からすると、ドーパミンと報酬予測誤差についてのSchultz1997を嚆矢とする知見は、報酬系と意思決定という観点からの検討が最も有意義であろう。報酬系とは図54(図46再掲)である。

図54=図46  報酬系 reward system

報酬 reward = 快 に関与する脳の部位と、それぞれを結ぶドーパミン神経。(概略図である)

274

そして薬物依存(嗜癖)とは、薬物摂取により得られる報酬が罰よりも過大に大きく認識(予測)されているため、罰の存在にもかかわらず、GOすなわち薬物摂取の意思決定がなされるという病態である(図55=図37再掲)。ここでいう「薬物摂取により得られる報酬が罰よりも過大に大きく認識(予測)」とは、報酬予測誤差の誤認識にほかならない。この「報酬予測誤差の誤認識」が、薬物依存(嗜癖)においては、報酬系のどこかで発生しているのである。

図55=図37 報酬の予測と薬物依存(嗜癖)

薬物依存(嗜癖)においては、薬物摂取により得られる報酬が罰よりも過大に大きく認識(予測)されている。

275 (窃盗症: 仮説1)

窃盗症を嗜癖の一型であるととらえれば、図55は図56のように変換できる。図56は前掲図38と同一の仮説1である。仮説1は236に記した通り、「罰が存在にもかかわらずGOすなわち窃盗(万引き)の意思決定がなされる」というものであるが、Schultz1997の結果からは、その意思決定の内実に踏み込んで、「脳内の報酬系における、窃盗という行為についての報酬予測誤差の誤認識」と記すことができる。

図56=図38 窃盗症: 仮説1 再掲  

窃盗症でも薬物依存(嗜癖)と同様、報酬が罰よりも過大に大きく認識(予測)されているため、罰の存在にもかかわらず、GOすなわち窃盗(万引き)の意思決定がなされる。これが仮説1であるが、仮説1は図としてはそのままに、「脳内の報酬系における、窃盗という行為についての報酬予測誤差の誤認識」と記述し直すことができる。

276

そしてこの誤認識が行為として発現したとき、その行為は医の観点からは「症状」と呼ばれ、法の観点からは「犯行」と呼ばれる。したがって医の観点からも法の観点からも、真の関心事は誤認識ではなく行為の発現である。行為の発現にはそれに先立つ意思決定、すなわち「GO」(その行為をする)か「NO-GO」(その行為をしない)かという意思決定がある。Schultz1997をはじめとする報酬予測誤差についての研究は、意思決定までは射程に入っていないが、その後には意思決定そのものをテーマにした多くの研究が行われている2980)。  

 

277

「GO」「NO-GO」の意思決定は前頭前野でなされる。そして前頭前野は報酬系を構成する部位である。すると窃盗症における(そして嗜癖という病態すべてにおける)前頭前野の関与が大きくクローズアップされることになる。

 

278 (窃盗症: 仮説5)

「報酬の過大な評価」が、報酬系内部で発生したとしても、人間であれば、その過大な評価に基づく行為を実行するかしないかという意思決定を経てから行為が発現されるのであるから、嗜癖という病態の鍵は脳内の意思決定装置にあると考えるのは一つの合理的な推定である。意思決定を、脳内の局所に位置づけるとすれば、それは前頭前野である。すると、報酬系を構成する脳内部位のうち、皮質下に位置する部分と、前頭前野の機能のバランスによって嗜癖という病態が成立するという仮説が成り立つ。この仮説は薬物依存のメカニズムとしては実証データが蓄積している有力な仮説であり2990)、そのまま窃盗症にも仮説としてあてはめることができる(図57)。

図57 窃盗症: 仮説5

「GO」「NO-GO」の意思決定は前頭前野でなされる。前頭前野は報酬にかかわる皮質下の構造と密接なドーパミン神経の連結を有しており、報酬系を構成する部位である。したがって窃盗症において前頭前野の機能に障害ありと推定するのは合理的な仮説である。(図57の脳の図は便宜上これまでの図とは左右逆にしてある)

279

人間も動物であるから本能的欲求というものがある。だが人間は本能的欲求を直ちに行為に移すことはしない。行為に移すことが適切か否か、すなわちGOかNO-GOかの意思決定を理性によって行う。このことは、進化論的には、本能的欲求は進化的に古く、意思決定は進化的に新しいと言い直すことができる。そしてそれはそのまま脳の構造にあてはめることができる3000)。人間の脳は、他の動物の脳に比べて大脳皮質が大きく発達している。その大脳皮質の中で特に著しく大きく発達しているのが前頭葉である。前頭前野における意思決定こそが、人間における人間らしい機能なのである。これはいささか単純化しすぎた記述であるが、概念としては正当であり、かつ、報酬系における前頭前野と他の部分との関係にもあてはまるものである(図58)。

図58 大脳皮質と報酬系

薄いブルーの部分が大脳皮質である。大脳皮質は単に皮質と呼ばれることもある。大脳は皮質と皮質下から成っていると単純に表現することもできる。皮質は進化的に新しく、皮質下は進化的に古い部分である。報酬系のうち、前頭前野は皮質に位置し、他の部分(図58では側坐核・扁桃体・腹側被蓋野・海馬)は皮質下に位置している。(この図は正中断面を示しているが、報酬系の各部分は正中断面にあるものではないので、実際はこのように二次元の平面に示すことはできず、位置関係はあくまでも概略である。そのほか、全体としてもこれは概略図であり、解剖学的に正確な図ではない。たとえば前頭前野の範囲は図に示した領域よりはるかに広い。また、側坐核はこの図では皮質に位置しているように見えるが、実際は皮質下に位置している。)

280

「本能的欲求」は自然な用語だが、本稿では以下、「欲求」という言葉を用いることはできるだけ避け、「衝動」という言葉を用いる。なぜなら窃盗症論である本稿では、「物品が欲しい」ことを表す言葉として「欲求」を用い、「物品が欲しいわけではないのに、盗みたい」ことを表す言葉として「衝動」を用いてきたからである(図59)。このとき、「欲求」は人が物を盗むときの正常心理であるのに対し、「衝動」は病的なものであるから(「衝動」自体は人間の正常な精神機能であるが、「物品が欲しいわけではないのに、盗みたい」という衝動は病的である)、「欲求」と「衝動」の使い分けは重要で、もしこの二つの言葉を混同して用いると、窃盗症の病態が見えなくなってしまう。

図59 窃盗症の窃盗と病的でない窃盗

左: 窃盗症の窃盗。窃盗症の窃盗は、「盗むために盗む」と要約できる行為で、特定の対象物品に対する欲求は動機ではない。健常者には発生しない病的な衝動(黄色でハイライトした衝動)の発生によるものである。(したがって物品に対する欲求-衝動は存在しない)

右: 病的でない窃盗。人が物を盗むときには、通常、衝動(=窃盗という行為への衝動)が発生する前段階として、特定の対象物品に対する欲求が存在する。すなわち病的でない窃盗は、対象物品に対する欲求がまずあって、そこから衝動が生まれ、その衝動に従って行為がなされ、物品を入手するという順に展開していく。

(この図59は、61図3の左右を便宜上入れ替えた図である)

281

「衝動 impulse」とは、「衝動制御症 Impulse Control Disorder」でいう衝動impulseで、それは「脳内に発生したインパルス」を指す(本稿「」55,56)。日常用語で「衝動的」「衝動行為」などというときの「衝動」とは一致しない。衝動impulseの意味は、窃盗症をはじめとする衝動制御症Impulse Control Disorderを正しく理解するうえできわめて重要である。衝動という言葉をめぐるこうした諸点については本稿「」に詳述した通りである。

 

282

人は自分の中に発生した衝動について、それを行為に移すか否かを前頭前野で意思決定し、「GO」の意思決定を経て行為に移す。278に示した図57はこの(いささか単純化した)プロセスを脳内にマッピングしたものであるが、それはそのまま 

       衝動 → 意思決定 → 行為

に対応させることができる(図60)3010)

図60 脳内プロセスと法の対応

278図57は、「脳内に発生した衝動について、それを行為に移すか否かを意思決定する」という、人間の行為発現までのプロセスを示したものにほかならない。そして「衝動」と「行為」の間に介在する「意思決定」が、法における大きな関心事項である。

283

この図式化(図57、図58、図60)の中に、法と脳機能の接点を見出すことができる。すなわち法は人間に、規範意識に基づく意思決定を科しており、その意思決定がなされずに犯罪が行われたときに、その人間は法からの非難を受けるのである。

284

これは進化論的な観点から見れば、脳の進化的に古い部分から発生した原始的な衝動を、脳の新しい部分に備わっている意思決定機能で制御することが人間には求められているということになり(図61)、ここに法の人間観を見出すことが可能である。人間は自らの規範意識によってこの制御を行わなければならないというのが現代の刑法の根底にある哲学であると言い換えることもできよう。

図61 脳内プロセスと法の対応: 進化論的観点と規範意識

前掲図58に進化論的観点を追記し、さらに法でいうところの規範意識の脳内の位置づけを示した図である。規範意識は人間への進化に伴って発生したと考えるのが合理的であり、したがって脳内の進化的に新しい部位に備わっているはずである。図では進化を最も単純に示すため、皮質下=進化的に古い / 皮質=進化的に新しい と記してあるが、意思決定にかかわる部位は皮質の中で最も進化的に新しい前頭葉であるから、「進化的に特に新しい部位」であると言える。そして規範意識が位置していると考えられる前頭前野は、「進化的に最も新しい部位」である。

285

図61を極限まで単純化すると図62になる。すなわち、皮質下で発生した衝動を前頭前野で抑制するというのが図62である。前頭前野によるこの抑制機能を、法でいうところの規範意識に対応させることができる。

図62 前頭前野と皮質下の機能を極限まで単純化した図

衝動、特に原始的な衝動は皮質下に発生する。その衝動を行為に移すか否かの意思決定は前頭前野でなされる。したがって、前頭前野が皮質下の衝動を抑制すると言い換えることもできる。

286

規範意識と非難の関係が、窃盗症において、特に明示的に述べられているのが、「承」に示した平27松戸簡裁2330)=1560)である。「承」204に示した同判例の判示から抜粋再掲する:

 

被告人は,万引き行動を開始する前にその遂行を妨げるような状況が存在することを認識しているとき,あるいはそのような状況が発現したことを認識したときには,万引きを実際に実行することはないと考えられる。被告人が一人で買い物に行くときに限って万引き行動に及んでいるのは,その証左である。

このことは,被告人の万引き行動が,被告人の認識した周囲の状況等に照らし,万引きが可能かどうかを判断した上で行われていることを示しており,被告人の場合,万引きを実行するかどうかは,まさに理性的な判断によっているといえる。

 

万引きを実行するかどうか」が図57、図60、図61などに示した「GO」か「NO-GO」か に相当する。それが「理性的な判断によっている」ことを強調するこの判示はすなわち、「GO」か「NO-GO」か の判断が、逆に理性的な判断でなければ責任減免の余地があるのに対し、理性的な判断であればその余地はないことを示唆している。

 「GO」か「NO-GO」か の判断は、図57、図60、図61などに示した通り、前頭前野でなされると一応は言うことができる。法的にはそれが「理性的」か否かが大きな問題になるのである。平27松戸簡裁2330)=1560)はさらに、その「理性的」の内実まで言及している:

 

そして,その際に(村松注: 「GO」か「NO-GO」かの意思決定の際に、この被告人によって)考慮されている要素は,万引きが実行可能であるかどうかであって,万引きが違法かどうかではない。

すなわち,被告人の万引き行動は,規範の内面化が十分でないこと,換言すれば,規範意識の欠如ないしその希薄さに基づくものであることが明らかである。

 

 人間は自らの規範意識に基づいて、自らの行動を制御しなければならない。法が人間に求める全く当然のことを、ここでは言っているだけであるが、平27松戸簡裁2330)=1560)はそれを窃盗という行為に論理的にあてはめ、判決を導いている。平27松戸簡裁2330)=1560)のこの判示は、衝動制御障害である窃盗症というものを誤解しているという意味で失当であるのは「転」204に記した通りであるが、抽象的・論理的な面に限定すれば正当な判示である。図63として「転」204の図24 (平27松戸簡裁2330)=1560)の判示の論理構造) を再掲する。

図63=図24  (平27松戸簡裁)2330)の論点

「承」204(平27松戸簡裁)2330)は、被害店内での被告人の行為のうち、窃盗を実行するか(Go)、それともしないか(No Go)の判断が、窃盗の成否(「万引きが実行可能であるかどうか」)に基づくものであって、規範意識に基づくものではないことに着目している。

287

平27松戸簡裁2330)=1560)は、裁判所が結論を導く論理として、決して特殊な判例ではない。GO/NO-GOの判定について明示的に判示しているという点は特徴的であると言えば言えるが、責任能力についての争いにおいては、「意思によって制御できたか否か」が中心的な問いなのであるから、すべての裁判が究極的には意思決定=GO/NO-GOに着目している。

 

288 

したがって、薬物依存についての膨大な脳科学的(神経生物学的)知見は、窃盗症の病態理解においてはもちろんのこと、窃盗症の責任能力論においても、大いに示唆に富んでいる。

289

Olds & Milner 1954 (246図42)、Schultz 1997 (264-271; 図49-53)の画期的な仕事によって明らかにされた報酬系についての知見から発展した薬物依存についての研究は、「報酬 rewardへの衝動を発生させる皮質下の神経活動を前頭前野が制御する」という図式を確立した。現在では多くの研究者が依存症を皮質下の衝動発生機構と前頭前野の制御機構のバランスが崩れた状態であると考えている。そのバランスの崩れについて、薬物依存における研究はすでに分子レベルまで進行している3020)

290

行動嗜癖については、ギャンブル障害(いわゆるギャンブル依存症)についての研究が最も進んでいる。ギャンブル障害当事者の脳画像研究によって、脳内の報酬系に異常があるというデータが多数発表され、脳の障害としてのギャンブル障害の理解は大きく深まった3030)。その結果ギャンブル障害は、ICD-11、DSM-5で行動嗜癖に分類し直された(ICD-11では「嗜癖行動症」、DSM-5では「物質関連障害および嗜癖性障害群」の「非物質関連障害群」)。それまでの「控え室」(DSM-Ⅳ-TRでは「衝動制御症」、ICD-10では「習慣および行動の障害」)から、医学生物学的に正当な地位に「昇格」したのである(本稿「起」の78-83参照)。

 

291

ギャンブル障害は(他の行動嗜癖も同様)、動物モデルを作成することはまず不可能なので、分子レベルの直接研究は困難である。しかしここに、パーキンソン病の薬物療法の副作用として様々な行動嗜癖が現れるという貴重な臨床的事実がある3040)。この事実を出発点にした研究によって行動嗜癖にも物質嗜癖(薬物依存)と同様に、そのメカニズムにドーパミンが関与していることが判明している。

 

292

パーキンソン病は、脳内ドーパミン不足による病気である。したがってパーキンソン病の治療薬は脳内のドーパミンを増加させる薬によるドーパミン補充療法が中心である。

 

293

パーキンソン病のドーパミン補充療法の副作用として現れる主なものに、ギャンブル障害、セックス依存、買い物依存、過食症3050)、そして窃盗症3060)がある。

 

294

したがって行動嗜癖の脳内メカニズムとして、ドーパミンが関与していることは確実である。

 

295

また、ドーパミン補充療法の副作用として現れる病態(上記293)には、現代の診断基準による衝動制御症と行動嗜癖が含まれていることから、衝動制御症と行動嗜癖の脳内メカニズムは共通しており、したがってこの二つは神経生物学的には同一の疾患であることは確定的である。

 

296

行動嗜癖は脳内報酬系に何らかの異常があるのであるから、ドーパミン補充療法の副作用として行動嗜癖が現れるということは、外部から脳内に加えられたドーパミンが、報酬系に何らかの形で作用することで、行動嗜癖が形成されるということである(図64)。

図64 ドーパミン補充療法と行動嗜癖

外部から脳内に加えられたドーパミンが、報酬系に何らかの形で作用することで、行動嗜癖が形成される。そこまでは確定的な事実である。

297

しかしこれだけではドーパミンと行動嗜癖の関係についての説明としては漠然とし過ぎている。たとえば報酬予測誤差の概念(275)との距離がありすぎて、メカニズムの説明としてはあまりに不十分である。それはすなわち、窃盗症の仮説4 (254図48)に繋げるためにはさらなるデータが必要だということである(図65)。そのデータがあるのか。

図65 パーキンソン病に基づく知見と窃盗症仮説4

パーキンソン病のドーパミン補充療法の副作用として窃盗症をはじめとする行動嗜癖が現れる。一方、窃盗症における窃盗は、ドーパミンによって脳内に作り出された衝動による行為であると推定されている(仮説4: 254図48)。しかしこの二つを確実に結びつけるにはさらなるデータが必要である。

298

ある。パーキンソン病のドーパミン補充療法にはすでに長い歴史があり、その作用メカニズムについては分子レベルで精密に解明されている3070)

 

299

そのデータは、窃盗症についての仮説4(254)で述べた「ドーパミンによって脳内に作り出された衝動」(下記)の具体的メカニズムに迫るものとなっている。

254

誤解をおそれずわかりやすく言えば、窃盗症では、物品のためではなく、ドーパミンのために万引きするのである。これをもう少し具体的に言えば、ドーパミンによって脳内に作り出された衝動によって万引きするのである。

300

「ドーパミンによって脳内に作り出された衝動によって万引きする」と254で述べた根拠は、脳内のドーパミンの増加が報酬(快)と密接に関係しているという実験データであった。脳内におけるメカニズムの記述としては、その「ドーパミンの増加」にはまだ先がある。それは増加したドーパミンの作用部位である。作用部位は受容体 receptor と呼ばれている。

 

301

人間の脳内にはドーパミンの受容体が複数あり、それらは大きくD1系とD2系に分類される。報酬rewardに関与するのがD1系、罰punishmentに関与するのがD2系である3080)

 

302

D1系へのドーパミンの結合が増すことが報酬のシグナルになる。

D2系へのドーパミンの結合が減ることが罰のシグナルになる。

 

303

したがって302のバランスが崩れると、病的な状態に陥る。

 

304

ドーパミン補充療法として外部から脳内に加えられたドーパミンは、D2系に結合する3090)

 

305

その結果、D2系は外部からのドーパミンで埋まってしまい、罰のシグナルとして本来必要なドーパミン結合の減少を感知できなくなる。それはすなわち罰を感知できないということであり、したがって罰による「NO-GO」の意思決定が損なわれるということである3100)

 

306

かくして窃盗症についての仮説1 (236図38)が脳内メカニズムからも支持される(図66)。

図66 窃盗症: 仮説1の脳内メカニズム

罰によるNO-GOの意思決定が損なわれるのは、ドーパミンD2系受容体の機能障害によるものとして説明できる。

307

パーキンソン病の治療薬の副作用として行動嗜癖が現れるというのはいわば偶然の発見であるが、このようにして疾患のメカニズムが解明に向かうのは医学の歴史ではしばしばあることである。精神医学の分野では、覚せい剤精神病として統合失調症にかなり類似した精神症状が現れるという臨床観察から、統合失調症のドーパミン仮説が生まれ、統合失調症の脳内メカニズムの解明に向けて大きく発展したのは周知の通りである3110)

 

308

統合失調症に比べると、窃盗症をはじめとする行動嗜癖の医学生物学的研究は大きく遅れているが、Olds & Milner 1954を嚆矢とする報酬系、そして薬物依存の動物モデルは、ギャンブル障害当事者の脳画像研究、そしてパーキンソン病のドーパミン補充療法の副作用として行動嗜癖の発現などについての知見などの総合により、脳内メカニズムの解明は着実に進行している。

309

その脳内メカニズムとは、最も単純化すれば、「皮質下で発生した衝動を前頭前野で抑制する」(図67=図62再掲)である。

図67=図62再掲  前頭前野と皮質下の機能を極限まで単純化した図

衝動、特に原始的な衝動は皮質下に発生する。その衝動を行為に移すか否かの意思決定は前頭前野でなされる。したがって、前頭前野が皮質下の衝動を抑制すると言い換えることもできる。

310

上の図67は、「違法な欲求を規範意識によって思いとどまる」という法の要求との対応という意味ではわかりやすい図であるが、脳科学的知見からは単純化しすぎていることも否めず、正確には「皮質下の衝動発生機構と前頭前野の制御機構のバランスの崩れによる意思決定の変容」が、脳科学的に妥当な説明である(図68=図57再掲)。

図68=図57 再掲  窃盗症: 仮説5

「GO」「NO-GO」の意思決定は前頭前野でなされる。前頭前野は報酬にかかわる皮質下の構造と密接なドーパミン神経の連結を有しており、報酬系を構成する部位である。図57はこれを窃盗症にあてはめた仮説であるが、「皮質下の衝動発生機構と前頭前野の制御機構のバランスの崩れによる意思決定の変容」というこの図68の基本構造は、嗜癖(特に薬物依存)においては事実といえるだけの科学的データがすでに蓄積している。

311

しかしながら、「皮質下の衝動発生機構と前頭前野の制御機構のバランスの崩れによる意思決定の変容」という理解には、薬物依存についての、そして嗜癖という病態の多くについての、非常に重要な臨床的事実が抜け落ちている。

 

312 (習慣的)

それは、「習慣的」という事実についての説明である。

 

313

薬物依存には(そして嗜癖という病態の多くには)、「衝動が制御できない」という側面だけでなく、それを習慣的に行ってしまうという特徴がある。すなわち、「ある衝動が発生し、その衝動の強さに負けて制御できなくなる」という図式だけであれば、健常者にも感情移入でき理解しやすいものであるが、薬物依存では(そして嗜癖という病態の多くでは)、「欲求の強さに負けて」という自覚が希薄化あるいは消失し、ただ習慣的・自動的にそれを行ってしまうという臨床的事実がある3120)。この現象は「皮質下の衝動発生機構と前頭前野の制御機構のバランスの崩れ」というメカニズムだけでは説明しきれない。

314

すなわち嗜癖(依存)とは、その最初の段階においては報酬rewardへの衝動をコントロールできないという側面が前景に立つ行動であるが、病気の進行に伴い、行動そのものが習慣化するという性質を持っている(図69)。

図69  嗜癖の進行: 目標指向行動から習慣的行動へ

嗜癖(依存)とは、意思決定の変容である。それは、当初は報酬を希求する目標指向(Goal-directed)行動であったが、病気の進行とともに、習慣的(habitual)行動に変化する。

315

「目標指向行動から習慣的行動へ」という経過は、元々は薬物依存について見出された性質であるが、嗜癖のすべて、すなわち、物質嗜癖にも行動嗜癖にも多かれ少なかれ共通するものである。窃盗症についての竹村道夫の「窃盗症は衝動制御障害として始まり、嗜癖問題として進行する」(『窃盗症論1』の注290)300))という指摘は、臨床観察に基づき窃盗症の脳内メカニズムを鋭く見抜いたものであると言えよう。

 

316

窃盗症が「目標指向行動から習慣的行動へ」という経過を取るとすれば、それは責任能力論的にも重要である。「ある衝動が発生し、その欲求の強さに負けて制御できなくなる」という図式は、少なくともこの抽象的な文言から表面的に判断する限りにおいては、犯罪者一般の心理との相違点を見出すことは困難である。そうは言ってもたとえば窃盗症であれば、その衝動そのものが「盗むために盗む」という不合理なものなのであるから、犯罪者一般の心理とは異なっているが、そもそも「盗むために盗む」という心理がありうるということが理解されにくいという現実がある。だがその行為が習慣的に繰り返されるとなれば、当該行為についての異常性は一段高いものとして認知されやすくなると言えるであろう。換言すれば、目標指向行動と習慣的行動を比較すると、後者は前者より了解不能度が高いのである(図70)。

図70  目標指向行動と習慣的行動の了解不能度

嗜癖とはそれが物質嗜癖であれ行動嗜癖であれ、少なくとも外見的には、何かを目標とする行動である。脳科学的にはその「何か」とは「ドーパミンによって脳内に作り出された衝動」であり、本来的には了解不能というべきであるが、「目標指向行動」という意味では正常な欲求と混同されやすく、したがって了解不能度は低い。それに対し、目標指向という性質が希薄化した「習慣的行動」は了解不能度が相対的に高い。このことを図70では背景のシャドーで示している。「意思決定変容」は事実の記述であるから「了解可能-了解不能」という軸とは別の平面にある。それでもあえて了解という概念を適用するのであれば、了解不能度はゼロであるから、図70の「意思決定変容」の背景は純白になっている。なお、了解不能度が高いということはすなわち病的ということであって、病的であることは通常は非難軽減の根拠になるが、窃盗症においては、窃盗が習慣的行動になるということは窃盗を繰り返すということであり、「常習累犯窃盗」というより重い罪名になるという事実がある(盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律第三条)。

317

人間の行為の了解不能度と、脳内メカニズムのわかりやすさの間には、ゆるやかな逆相関がある。嗜癖とは「皮質下の衝動発生機構と前頭前野の制御機構のバランスが崩れた状態」(289)であるが、それを「目標指向行動」と捉えれば、「皮質下で発生した衝動を前頭前野で抑制する」と単純化して理解することが不可能ではなかった(図71=図62再掲)。しかし図71のようにまとめてしまうと、「習慣的行動」についての説明が入り込む余地がない。

図71=図62再掲 前頭前野と皮質下の機能を極限まで単純化した図

衝動、特に原始的な衝動は皮質下に発生する。その衝動を行為に移すか否かの意思決定は前頭前野でなされる。したがって、前頭前野が皮質下の衝動を抑制すると言い換えることもできる。嗜癖を「目標指向行動」と捉えるのであれば、前頭前野によるこの抑制が減弱した状態として理解することが不可能ではないが、「習慣的行動」という性質まではこの単純化した図からは説明しようがない。

318

したがって、「皮質下の衝動発生機構と前頭前野の制御機構のバランスが崩れた状態」に立ち返り、それを精緻化しなければならない。それは報酬系(図72=図46再掲)の、より細部にわたる研究によって初めて可能になる。

図72=図46 再掲  報酬系

嗜癖における習慣的行動という側面を説明するためには、概略図として示したこの報酬系について、細部にわたる研究データが必要である。

319

もちろんその研究も進んでおり、「目標指向行動」は側坐核-内側前頭前皮質系が主として関与しているのに対し、それが「習慣的行動」に進行すると、背側線条体-眼窩前頭皮質系が主として関与するようになることが示されている3130)。内側前頭前皮質と眼窩前頭皮質はいずれも前頭前野に含まれ、側坐核は線条体に含まれる(側坐核は線条体の腹側部に位置している)から、まさに図72の細部に目を向けられた研究ということになる(図73)。

図73  「目標指向行動」から「習慣的行動」への進展と関連する脳部位

嗜癖は臨床的には「目標指向行動」から「習慣的行動」へと進展する。この進展に伴い、主として関連する脳部位は、側坐核-内側前頭前皮質から背側線条体-眼窩前頭皮質系へと移行する。

320

習慣的行動は、臨床的には、強迫に接近する症状であるところ、脳科学的には強迫症や強迫行動は背側線条体-眼窩前頭皮質系と密接な関係がある3140)。したがって図73は強迫という観点からも首肯できるものである。「習慣」と「強迫」は、類似した点はあるものの臨床的には両者にはかなりの距離があるという印象があるが、脳内での事象としてはかなり共通していると思われる。神経生物学の論文では habitual (習慣的)と compulsive(強迫的)は一括して扱われていることもしばしばある。

 

321 (窃盗症: 仮説6)

嗜癖についての「目標指向行動」から「習慣的行動」への進展は、そのまま窃盗症にあてはめることができる(図74)。窃盗症とは、「盗むために盗むことを繰り返す」であるところ、前段の「盗むために盗む」は、その窃盗行為が、物品への欲求によるものではなく、脳内に発生した衝動によることを示している。それは一つの「目標指向行動」であるが、ドーパミンによって脳内に作り出された衝動による行動であり、側坐核-内側前頭前皮質系の異常に対応すると考えられる。後段の「繰り返す」は「習慣的行動」であり、背側線条体-眼窩前頭皮質系の異常に対応すると考えられる。

図74  窃盗症: 仮説6

脳内における側坐核-内側前頭前皮質系から背側線条体-眼窩前頭皮質系への移行は、臨床における目標指向行動から習慣的行動への移行に対応する。これを窃盗症にあてはめれば、「盗むために盗む=ドーパミンによって脳内に作り出された衝動に駆動されて盗む」から「窃盗を繰り返す」への移行に対応する。

322

窃盗を繰り返せば、刑法的には常習累犯窃盗として罪が重くなる=非難の程度が強くなるのであるが、脳科学的なメカニズムから言えば、側坐核-内側前頭前皮質から背側線条体-眼窩前頭皮質系への移行であり、自分の意思による制御が困難になるのであるから、非難の程度は弱くならなければならないはずである。ここに、窃盗症をはじめとする衝動制御症=行動嗜癖をめぐる複雑な事情が発生している。

 

323

窃盗症の最もシンプルな描写は「窃盗を繰り返す」である。それは刑法の立場からいえば「常習累犯窃盗」以外の何者でもない。

 

324

だが刑法には「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」と定められている(刑法第38条)。ここで、「意思」の定義が問題であるが、議論の前提として、犯行の動機の認定が重要であることは論をまたない。

 

325

その意味でも、動機認定の出発点である取調べにおける取調官による誘導は深刻な問題である。供述調書とはそのかなりの部分が誘導による供述に基づいた作文である。本稿「」でいくつもの実例を示して指摘した通り(たとえば173)、窃盗症患者の多くは、詳しく話を聞くと、なぜ自分が窃盗をしてしまったのかわからないというのが正直な答えであることが大部分であるが、それでも、「取ったからには欲しかったに違いない」と考え、また、取調官から聞かれて「わからない」と答えるのは適切でないと考えたり、「何か答えないと答えるまで質問され続ける」などの状況もあって、取調官が納得しやすい答えをすることがしばしばある。そうした調書が法廷で証拠として用いられれば、「その物品が欲しくて盗んだ」というように、窃盗症の本質からはかけ離れた動機が裁判所から認定され、それに基づいて判決が下されるという裁判が蓄積されてきているのが現状である。

 

326

人間の日常に目を向ければ、特に意識せずに習慣的に行っている行動は膨大にある。そして「習慣的」と「自動的」と「無意識的」の境界は曖昧である。

 

327

たとえば私は今この文章をキーボードを叩くことで作成している。← この文章が書き出されたのは自動化された一連の動作によるものであって、私が自分でいくら記憶をたどっても、キーボードをどのように叩いたかは思い出すことはできない。

 

328

その一連の動作の中に、法で禁じられた要素が含まれていたと仮定してみる。たとえば「K」というキーを叩くことが違法である世界を考えてみる。それはその世界の常識であり、もちろん私もそれをよく知っているとする。

 

329

「君はさっき、「K」を叩いただろう」と取調官が私に迫る3150)。彼は証拠として上の327の「たとえば私は今この文章をキーボードを叩くことで作成している。」という文章を示し、そこに含まれる「こ」「キ」「く」「こ」「作」を証拠として私につきつける。キーボードを叩いている動作の防犯ビデオの動画も見せられるかもしれない。私が犯罪を行ったことは明白である。

 

330

私は、しかし、「K」を叩いたという記憶はない。記憶はないが、突きつけられた証拠からは、私が「K」を叩いたことは明白で、疑う余地はない。記憶がないからといって犯行を否認することはできない。私は犯行を認める。

 

331

すると取調官はさらに問う。「君はなぜ「K」を叩いたのか」。犯行動機についての当然の質問である。

 

332

私は困惑する。なぜ「K」を叩いたのか。私にもわからない。そもそも「K」を叩いたというまさにその場面を具体的に思い出すことができないのだから、わからないのは当然である。困惑した私は沈黙する。

 

333

沈黙している私に取調官はさらに問う。「自分で「K」を叩いたのだから、君には理由があるだろう」。さらに彼は「君が自分の意思でやった行為だろう。君には理由がわかるはずだ」と迫るかもしれない。

 

334

客観的な証拠が存在する以上、犯行を犯したという事実は私も認めざるを得ない。そして犯してしまったからには取調べに協力しなければならないと考える。それはすなわち取調官からの質問に答えることである。そこで私は、取調官が納得するであろう答えを述べる。「「K」を叩きたかったからです」3160)

 

335

あるいは私は、それでも答えは述べないかもしれない。自分でもわからないものはわからないと答える方が誠実だと考えるかもしれない。すると取調官はこう問うであろう。「君は「K」を叩きたかったから叩いたのではないのか」。

 

336

それでもなお沈黙を維持する、あるいは「わからない」と答えることが私にできるかは不明である。「はい」と答えてしまうかもしれない。あるいは曖昧にうなずいてしまうかもしれない。とにかく何か答えなければ取調べは終わらないという事情もそこには関与してくるであろう。

 

337

かくして供述調書には、私の供述として次のように記録される:

「私は確かに「K」を叩きました。私が「K」を叩いた理由は、どうしても「K」を叩きたかったからなのです。」3160)

 

338

私が「K」のキーを叩くという行為と、窃盗症者による万引きという犯行の対比を表1にまとめて示す。

             

              表1

339 (1. 行為の詳細についての記憶)

「K」のキーをどの指で、どのタイミングで叩いたか、私には全く記憶はない。だが「君は右手の第Ⅲ指で「K」のキーを叩いたのではないか」問われれば私は、本当はそんな記憶はなくても、「K」を私が叩いたのは右手の第Ⅲ指に決まっていると納得する。だから私は「はい」と答える。

犯行の詳細、すなわち、どのようにして、どの商品を万引きしたか、窃盗症者には記憶はない。コマ送りの静止画面のように、犯行の瞬間あるいはその前後の一断片についての記憶はあることもある。だが「君はこれこれこのようにしてその商品を万引きしたのではないか」と問われれば彼女は、本当はそこまでの詳細な記憶はなくても、わずかに記憶にある一場面からは、取調官の指摘内容の通りに万引きしたと推定することは不合理ではないと納得する。だから彼女は「はい」と答える。かくして供述調書には、取調官が述べた内容をあたかも彼女が自発的に語ったかのように記録され、「被告人は犯行の詳細について十分に記憶している」と裁判官が判断することになる。

 

340 (2.行為の前提についての記憶)

行為の詳細についての記憶はないが、私がキーボードを叩いていたという全体像についての記憶はある。

窃盗症者は、大部分の場合、自分が被害店にいたことの記憶はある。

 

341 (3.行為の理由)

私にはそもそも「K」を叩いた記憶がないのであるから、そのキーを叩いた理由は私にはわからない。だが自分の指で叩いたからには理由があるはずだと言われればその通りである。するとわからないなりに理由を推定する。推定して答えるのが犯行を犯した者の義務だと考える。最もそれらしい合理的な理由は「そのキーを叩きたかったから」というものである。これは万人を納得させる理由であり、私自身がそれが理由であると認めてしまえば万事まるくおさまる。

窃盗症者も多くの場合、自分が万引きした理由はわからない。その商品を欲しいと思ったという記憶もない。だが取ったからには理由があるはずだと言われればその通りである。するとわからないなりに理由を推定する。推定して答えるのが犯行を犯した者の義務だと考える。最もそれらしい合理的な理由は「その商品が欲しかったから」というものである。これは万人を納得させる理由であり、取調官も納得し、裁判官も納得するから、彼女自身がそれが理由であると認めてしまえば万事まるくおさまる。まるくおさめる供述をしたことの代償として、彼女は有罪判決を受ける。

 

342 (4. 罪の意識(行為直前))

「K」のキーを叩くのは違法であることを私は知っていた。だが「K」のキーを叩いたという記憶がないのだから、行為直前には罪の意識など持ちようがない。「K」のキーを叩くという行為を思いとどまるチャンスは私にはなかったのだ。

窃盗が違法であることを窃盗症者は知っていた。だが万引きについての記憶がなかったり、あるいはその記憶がある程度あっても、そのときの気持ちについての記憶がなかったりしたとき、行為直前についての罪の意識があったかどうかはわからない。罪の意識があったのに万引きという行為を制御できなかったのか、それとも罪の意識など持つ余裕もなく万引きをしてしまったのか、つまり万引きという行為を思いとどまるチャンスさえなく万引きしてしまったのかはわからない。

 

343 (5. 罪の意識と後悔)

またやってしまった。「K」を叩いたことを指摘されたとき、私は我に返る。そしてまず脳裏に浮かぶのは、自分が性懲りもない再犯者であるという自覚である。次の瞬間、これまで再犯を繰り返してきて自分は崖っぷちに立たされていたのに、今日、崖から落ちるようなことをしてしまったという恐怖が発生する。私は直ちに反省の言葉を述べるかもしれない。寛大な処置を懇願するかもしれない。絶望のためパニックになるかもしれない。

またやってしまった。店に配置された私服保安員から万引きを指摘されたとき、窃盗症者は我に返る。そしてまず脳裏に浮かぶのは、自分が性懲りもない再犯者であるという自覚である。次の瞬間、これまで再犯を繰り返してきて自分は崖っぷちに立たされていたのに、今日、崖から落ちるようなことをしてしまったという恐怖が発生する。彼女は直ちに反省の言葉を述べるかもしれない。寛大な処置を懇願するかもしれない。絶望のためパニックになるかもしれない。それに対して人は言う。「そういう態度を取るということは、君は万引きが悪いことだと十分にわかっていたという証ではないか」「悪いとわかっていてなぜ君は万引きしたのか」「君は最大の非難に値する行為をしたのだ」

 

344 (6.罪の意識 (普段))

私は「K」のキーを叩くのは違法であることを知っているにもかかわらず、これまで「K」のキーを叩くことを繰り返してきた。その度に反省し、もう二度とするまいと誓うのだが、それでもまた叩いてしまう。私は意思が弱過ぎるのか。検察官は私の行為を強く非難し、裁判官は有罪だと宣告するのだから、「K」のキーを叩くのは自分の意思が弱いからだと確信する。こんなに意思が弱く人に迷惑をかける自分は社会で生きる資格がないのだと苦悩する。

窃盗症者は窃盗が違法であることを知っているにもかかわらず、窃盗を繰り返している。その度に反省し、もう二度とするまいと誓うのだが、それでもまた窃盗してしまう。自分の意思の弱さに苦悩し、自責の念に苛まれる。繰り返す窃盗を、検察官は強く非難し、裁判官は有罪だと宣告するのだから、窃盗するのは自分の意思が弱いからだと確信する。こんなに意思が弱く人に迷惑をかける自分は社会で生きる資格がないのだと苦悩する。

345 (7.行為の準備)

PCの前に座り、PCの電源を入れ、キーボードを叩き始めるという限りにおいて、私は準備をしてから行為を開始したのであって、衝動的に行為を開始したのではない。ただしその「準備」とは文章を作成する準備であって、開始の時点で「K」を叩くという動機を持っていたわけではない。だが「君はその準備をした時点で、君が「K」を叩くかもしれないと予測できたのではないか」と問われれば、否定するのは困難である。私はこう弁解するかもしれない。「私は「K」だけは叩かないと決意していました」。これは私の偽りのない本心である。しかしそれに対しては、「キーボードを叩く準備というのは見せかけで、それは「K」を叩く準備だったのではないか」と言われるかもしれないし、「これまで何回も「K」を叩いてきた君は、そもそもキーボードを叩くことを控えるべきだったのではないか」と責められるかもしれない。

マイバッグを持ち、店に入り、商品を見て回り始めるという限りにおいて、窃盗症者は準備をしてから行為を開始したのであって、衝動的に行為を開始したのではない。ただしその「準備」とは買い物の準備であって、開始の時点で窃盗するという動機を持っていたわけではない。だが「君はその準備をした時点で、君が万引きするかもしれないと予測できたのではないか」と問われれば、否定するのは困難である。彼女はこう弁解するかもしれない。「私はもう万引きは絶対しないと決意していました」それは彼女の偽りのない本心である。しかしそれに対しては、「スーパーで買い物をする準備というのは見せかけで、それは万引きの準備だったのではないか」と言われるかもしれないし、「これまで何回も万引きをしてきた君は、そもそもスーパーに入ることを控えるべきだったのではないか」と責められるかもしれない。

 

346 (8.行為の円滑さ)

「K」のキーを叩くという私の行為は非常に円滑で滞りがない。手慣れている。非常に円滑で滞りがないのは、キーを叩く動作が主観的にはほとんど意識しない自動的な動作なのだから当然である。手慣れているのはこれまで同じ行為を繰り返してきたことの証である。繰り返してきたからこそ、ほとんど意識しない自動的な動作として身についたのである。

万引きをするという窃盗症者の行為は非常に円滑で滞りがない。手慣れている。非常に円滑で滞りがないのは、万引きするという動作が主観的にはほとんど意識しない自動的な動作なのだから当然である。手慣れているのはこれまで同じ行為を繰り返してきたことの証である。繰り返してきたからこそ、ほとんど意識しない自動的な動作として身についたのである。すると非難可能性を考えるとき、窃盗症者の犯行態様が円滑であることの評価は容易ではないが、「大胆で手慣れた様子が窺われ,犯情誠に悪質である2590)」というように、非難を強める根拠とするのが、少なくとも平成においては、裁判官からの常套句の一つになっており(本稿「承」218)、また検察官の主張においてはほぼ必ず非難を強める根拠として挙げられるのが常である。

 

347 (9. 脳内の活動)

「キーボードをブラインドタッチで叩く」は、「手続き記憶 procedural memory」の典型例としてしばしば教科書にも紹介されている行為である。手続き記憶とは、俗に言う「体で覚えている記憶」で、ひとたびその行為を開始すれば、あとは特に意識することなく円滑に進めることができるのがひとつの特徴である。「自転車に乗る」「楽器を演奏する」なども手続き記憶の典型例である。手続き記憶は「技能」と呼ぶこともできる。手続き記憶に対置されるのは「知識」にあたる「宣言的記憶 declarative memory」で、「事実と経験を保持している記憶」を指す。もっとシンプルに言えば、「言葉にできる記憶」「言葉で説明できる記憶」である。日常用語でいう「記憶」はこの宣言的記憶である。たとえば、この文章を書く前に私が何をしていたかとか、昨日はどこに行ったか、などと問われて私が言葉で答える内容は宣言的記憶である。宣言的記憶は「陳述記憶」「顕在記憶」などという訳語があてられる場合もある。その場合手続き記憶には「非陳述記憶」「潜在記憶」などという訳語が対置されてあてられることになる。手続き記憶の内容は、言葉で説明することができない。自転車の乗り方を言葉で説明するのは特殊な専門家でもない限り無理だ。今日この場所まで自転車で来たとしても、どのようにして漕いだのか、どのようにして倒れないようにバランスを取ってきたのか、などと問われても答えることは不可能である。

そして手続き記憶は、線条体、前頭前野、そして小脳の活動によって成立している3170)

 

一方、窃盗症という病態に大きく関与していると推定される脳内部位は、線条体と前頭前野であり、すると、「キーボードをブラインドタッチで叩く」という行為と、「窃盗症者が万引きする」という行為は、主観的・客観的事実にかなり共通点があるとともに(339-346)、脳内メカニズムとしてもかなりの共通点があると推定することができる。もちろん「共通点がある」ことと「完全に一致している」ことは同義ではない。脳内メカニズムについては、手続き記憶において重要な役割を演じている小脳が、嗜癖においてはほとんど重要とは考えられていない点は大きな相違点である。ただし手続き記憶の典型例とされる「ブラインドタッチでキーボードを叩く」「自転車に乗る」「楽器を演奏する」などはいずれも記憶内容を「運動」に展開したものであり、動物実験における手続き記憶研究も運動を対象としたものがほとんどであるから、小脳が活動しているのは当然で、手続き記憶から運動の要素を除外すれば、小脳の役割は減少するであろう。また逆に、嗜癖の研究デザインにおいては運動の要素が入り込む余地はほとんどないが、万引きという行為は運動の要素が大きいことは明白であるから、万引きしている窃盗症者の脳内活動を直接に観るという研究が可能であれば、小脳の活動が証明される可能性は十分にあるであろう。

 

348 (10. 意図的か否か: 私が「K」を叩く)

まず意図が発生し、その意図が行為に移される。この2段階の図式は私たちの直感によく適合している。他方、脳科学3180)や哲学3190)の立場からは、この図式は誤りであるというかなり有力な批判もあるが、ここではそこには踏み込まない。なぜなら、意図と行為を分離するこの2段階の図式を前提としなければ、刑法は成立しないからである3200)。しかし、「意図的か否か」という問いについて検討するためには、前提として「意図とは何か」を明確にしなければならない。この段階で議論は錯綜することが避けられない。そこで本稿では、いったん「意図」という言葉から離れ、脳内に発生するインパルスに着目してみる。脳内にインパルスが発生し、それが思考なり行為なり意図なりとして具体化する、この図式は、オカルトを信奉しない限り、揺らぐことはないから、インパルスに着目すれば、言葉の定義についての錯綜した議論はさしあたってはスキップすることができる。

 

私が「K」を叩くという行為は、図75の3段階を経て具体的する。

これらの段階には当然に、いずれもそれぞれに対応する脳内インパルスがある。図75の説明文の記述で、「私は」ではなく「私の脳は」としたのは、それぞれのインパルスが意識されているとは限らないからである。第1段階の「Keyboardを叩いて文章を作成するという決定」は意識されていたであろう。第2段階は意識されていなかった可能性が高い。第3段階はまず確実に意識されていない。

図75  私が「K」のキーを叩くまでの脳内メカニズム

第1段階として私の脳は、Keyboardを叩いて文章を作成することを決定する。そしてKeyboardを叩き始め(この段階は図では省略)、第2段階として私の脳は「K」のキーを叩くと決定する。第3段階として私の脳は「K」のキーを叩くという行為の指令を出す。それは前頭葉内の運動野から、右第Ⅲ指への指令である。

349 (10. 意図的か否か: 窃盗症者が万引きする)

窃盗症者が万引きするという行為は、図76上の3段階を経て具体的する。図76下は図75と同一である。

これらの段階には当然に、いずれもそれぞれに対応する脳内インパルスがある。図76の説明文の記述で、「彼女は」ではなく「彼女の脳は」としたのは、それぞれのインパルスが意識されているとは限らないからである。第1段階の「スーパーに入って買い物をすると決定」は意識されていたであろう。第2段階の「万引きをするという決定」が意識されていたか否かはケースによって異なるようである。ただ注意すべきことは、供述調書にしばしば書かれている「私はそれを見たときどうしても欲しいと思いました」などの記述は取調官からの誘導に迎合したものであって、事実とは異なることが非常に多いことである。すなわち、窃盗症でもケースによっては確かに商品を前にして万引きしたいという衝動が発生したことを意識していることもあるが、非常に多くのケースではそのような意識なく万引きの意思決定がなされている。そして第3段階の「万引きをするという行為」が明確に意識されている(すなわち行為の詳細が記憶に残っている)ことはまずない。

図76  窃盗症者が万引きをするまでの脳内メカニズム(上)と私が「K」のキーを叩くまでの脳内メカニズム(下)

第1段階として彼女の脳は、スーパーに入って買い物をすることを決定する。そして店内を回り始め(この段階は図では省略)、第2段階として彼女の脳はある商品を万引きすると決定する。第3段階として彼女の脳はその商品を万引きするという行為の指令を出す。

350 (10. 意図的か否か: 中断は困難)

それぞれの段階における行為と脳内のインパルスを対応させた図76を見たとき、この一連の行為の流れを中断することは困難であったことが見えてくる(ここでいう「困難」は「不可能」を含む)。インパルス1からの流れがスタートすれば、インパルス3までは自然に進行してしまう。スタートした以上は、私が「K」のキーを叩くことを回避するのは困難であった。窃盗症者が万引きすることを回避するのは困難であった。もっとも、段階2の「私の脳が「K」のキーを叩くと決定する」を、私は意識していることはまずないが、「彼女の脳がある商品を万引きすると決定する」については、窃盗症者は意識している場合がある。「意識していない」場合は行為の回避は文字通り不可能であるが、「意識している」場合は、行為が回避できたか否かを検討する余地が発生する。かかる余地が発生することをもって、「回避できた」という結論に飛躍するのは、十分条件と必要条件の混同の平凡な例であって、非論理的であることは言うまでもないが3210)

 

351 (10. 意図的か否か: 「意図的」の意味により異なる)

脳内のインパルスそのものに着目してここまで進めてきたのは、「意図的」の定義にかかわる錯綜した議論をいったん棚上げにし、議論を事実についてのものに限定するためであった。しかしそれは348で述べた通り、「さしあたって」にすぎないのであって、犯罪とその非難を論ずるとき、「意図」から離れた議論は空虚である。では349図76の「インパルス1」「インパルス2」「インパルス3」のうち、「意図」と呼ぶに値するものはどれか。「インパルス1」すなわち、「私がkeyboardを叩いて文章を作成することを決定する / 窃盗症者がスーパーに入って買い物をすると決定する」を、意図的な行為と呼ぶことに異論はないであろう。それに対して「インパルス2」と「インパルス3」は「意図」との関係は微妙である。「意図」というものを「0か100か」という二分法ではなく、「意図性」とでも呼ぶべき連続変量であるともし捉えるのであれば、「インパルス1」に比べれば「インパルス2」と「インパルス3」の「意図性」は小さい。ゼロという評価も十分ありうる。この事実を直視して、窃盗症による万引きについて「心神喪失という結論が導かれるということにもなりかねない」として、その「なりかねない」事態を回避するため、「心神耗弱者」が「社会的概念」であるという独自の説を創出し、万引きという行為を制御するために窃盗症者に科する義務を拡大したのが「承」の208に示した平25長野地裁上田支部2500)=1600)であった。この説に従えば、図77の通り、窃盗症者の「意図」に対する非難は、店に入る前の段階まで及び、そもそも店に入ったことが非難のターゲットになるということになろう3220)

図77  脳内インパルスと「意図」

脳内インパルスとはすなわち本人から発生したものであるから、どの段階のインパルスも「意図」と呼ぼうと思えば呼べることになる。

352 (11. 繰り返し)

私は過去において「K」のキーを叩くことを繰り返してきた。窃盗症者は過去において万引きを繰り返してきた。過去におけるこうした繰り返しがあって、現在の状態がある。現在の状態とは、「「K」のキーを叩く/万引きをする」という行為にかかわる状態のすべてを指し、そこには脳の状態も含まれる。

ここで注意すべき点は、事実として確実に言えるのは、「繰り返してきた」という「過去があって、現在がある」ということまでだということである。「私が「K」のキーを叩く」も「窃盗症者が万引きする」も、(過去における)「繰り返し」の有無については同じように「あり」であるが、その過去の繰り返しと現在の状態の因果関係は同じではない。私については、「K」のキーを叩くときの前頭前野-線条体-小脳の活動は、過去における「K」を叩くという行為の繰り返しの結果としてパターン化されたものであることは間違いない。それに対し窃盗症者については、万引きという行為をするときの脳内活動のパターンは、過去における万引きという行為の繰り返しの結果の可能性もある一方で、過去における万引きという行為の繰り返し自体が、その脳内活動のパターンの結果という可能性もある。両方の複合の可能性も否定できない。

 

353 (12. 行為の強迫性)

私は決して強迫的に「K」のキーを叩くわけではない。それに対し窃盗症者の万引きには強迫的な行為の色彩がある。この強迫性は、手続き記憶procedural memoryにはない特徴である3230)

 

354 (13. 行為直前の緊張感)

「行為直前の緊張感」は、DSM-5の窃盗症の診断基準B. Increasing sense of tension immediately before committing the theft (窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり)を念頭においた項目である。

私が「K」のキーを叩くのは自動的・無意識的な行為であり、直前の緊張感は皆無である。

窃盗症者が万引きをするのは、①自動的・無意識的な行為の場合もあれば、②意識的な行為の場合もある。意識的な行為の場合は、②の1:「万引きせずにはいられない」という強迫的な色彩があることもあれば、②の2: 意識的といっても自動的な色彩があることもある。これらのうち、「窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり」が自覚されるのは②の1のみである。

窃盗症者に、「窃盗に及ぶ直前の緊張の高まりがあったか」と質問すれば、その窃盗行為についての記憶が完全に失われているケースを除けば、「あった」という趣旨の答えが返ってくることが多いので、形式的にはDSM-5のB項目は満たすことになるが、その答えは迎合ではないのか、本当にあったかどうかは疑問ではないかという印象を私は持っている。そもそも「窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり」を、通常の窃盗犯とは一線を画する病理性の指標とすることは困難であるし、窃盗症者の中のかなりのケースでは窃盗行為そのものの記憶が失われているのであるから、DSM-5のこのB基準は、研究用の基準としては妥当であっても、臨床や刑事事件において、窃盗症という診断の必須項目とするのは不適切というべきであろう。ICD-11にはそれが明記されている。

 

355 (14. 行為時の快感等)

「14. 行為時の快感等」は、DSM-5の窃盗症の診断基準C. Pleasure, gratification, or relief at the time of committing the theft.( 窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感)を念頭においた項目である。

私が「K」のキーを叩くのは自動的・無意識的な行為であり、行為時の快感等は皆無である。

窃盗症者が万引きをするのは、①自動的・無意識的な行為の場合もあれば、②意識的な行為の場合もある。意識的な行為の場合は、②の1:「万引きせずにはいられない」という強迫的な色彩があることもあれば、②の2: 意識的といっても自動的な色彩があることもある。

これらのうち「窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感」が自覚され得るのは②の2のみであるが、その②の2においてさえも、取り立てて着目するほどの「快感、満足、または解放感」があるとは限らない。窃盗症者に「快感、満足、または解放感」があったかと質問すれば、その窃盗行為についての記憶が完全に失われているケースを除けば、「あった」という趣旨の答えが返ってくることが多いので、形式的にはDSM-5のC項目は満たすことになるが、その答えは迎合ではないのか、本当にあったかどうかは疑問ではないかという疑いは拭えないし、そもそもある目的を達した瞬間にはなにがしかの「快感、満足、または解放感」が自覚されるのは人間としてごく自然なことであるから、「快感、満足、または解放感」という文言だけでは、とても病理性の指標にはならない。窃盗症者の中のかなりのケースでは窃盗行為そのものの記憶が失われていることとあわせると、DSM-5のこのC基準は、研究用の基準としては妥当であっても、臨床や刑事事件において、窃盗症という診断の必須項目とするのは不適切というべきであろう。ICD-11にはそれが明記されている。

 

356(15.行為全体についての記憶)

窃盗症者では時に、犯行とその前後の記憶がほぼ完全に失われている。「その前後」の範囲は様々で、長い場合には、店に入ったあたりから早くも記憶がなく、次の記憶は、自分の手元に盗品があることに気づいたという時点ということもある。この記憶障害は解離性健忘であると診断するのが定説であって(『窃盗症論1』「結」125 970))、それはほぼ間違いないと思われるが、あるいは解離性健忘だけではなく、部分的には、自動的な行為に伴う詳細についての記憶の欠損が関与しているかもしれない。

私が「K」のキーを叩いたときとその前後の記憶は、失われているという自覚はないが、詳細については記憶がないのは事実であり、その時間帯の自分の行為についての言葉での説明を求められても不可能である。私としては、自分がキーボードを打っていたという確信を持っているが、それはキーボードを打っていた記憶があるというより、キーボードを打っていたことは疑う余地がないからそう確信しているにすぎない。かかる事態には客観的には記憶が失われていると呼ばれる状態との違いは見出しにくい。およそ手続き記憶に基づく行為というのはそうしたものである。限られた場面についての断片的な記憶が残っていることがあるのも、店内での窃盗症者の記憶と共通している。

 

357

以上、表1(338)に示した通り、「私が「K」のキーを叩く」という行為と、「窃盗症者が万引きする」という行為には多くの共通点がある。その共通点は、行為としての主観的・客観的特徴から、脳内メカニズムにまで及んでいる。

 

358

もちろん「私が「K」のキーを叩く」という行為と、「窃盗症者が万引きする」という行為は、同一ではない。「私が「K」のキーを叩く」という行為は、「キーボードをブラインドタッチで打つ」という手続き記憶 procedural memory に組み込まれた一行為であり、手続き記憶についての脳科学的実験データは相当に蓄積されているから、「私が「K」のキーを叩く」については、脳機能と行為の関係は科学的に確立されているといってよい。それに対して「窃盗症者が万引きする」という行為と脳機能との関係についてのデータは仮説の段階にある。

 

359 (ゴールとフェーズ)
もっとも、科学的データとそこから導かれた理論の意義は、二つのパラメーターによって決まるものである。第一は、その科学的データの活用によるゴールが何であるかということである。第二は、いま我々がどういう探求のフェーズにいるのかということである。

 

360

ある事象についての科学的説明が確立しているといっても、その「確立」とは常に、多くの仮説に支えられたものにすぎない。たとえば、手続き記憶と脳機能の関係は、一つは動物実験データに基づいて導かれたものであるが、人間の手続き記憶による行為と全く同じ行為を動物で再現することは不可能であるから、動物にも可能であって、かつ人間の手続き記憶にあたると思われる行為時における動物の脳活動を調べるという実験から得られたデータを人間に適用することになる。この手法を適切なものとして受け入れることは、少なくとも二つの仮説に支えられている。一つは、「動物にも可能であって、かつ人間の手続き記憶にあたると思われる行為」が、本当に人間の手続き記憶に対応するという仮説である。もう一つは、その仮説を認めたとして、では動物における手続き記憶の脳内メカニズムがそのまま人間にもあてはまるというのもまた仮説である。このような仮説に支えられた動物実験データに、さらに人間を対象とした直接の実験データ、たとえば手続き記憶による行為時の機能的MRIによる脳活動が、動物実験データと矛盾がないなどのデータが蓄積されていくことによって、科学的説明が「確立」されたとみなされることになる。だがどこまでいっても完全に100%確立ということはまずあり得ないから、多かれ少なかれ仮説という性質が伴うことが否定できない。

 

361

だが「どこまでいっても完全に100%確立ということはまずあり得ない」というのはいわば哲学の領域の話であって、現実世界ではそこまでの完璧さが求められることはない。どこまで求められるかは、一つには、そのデータを使って何をしたいのか、すなわちゴールによって決まる。ゴールとは、医学においては、治療法の開発である。

 

362

もう一つは、フェーズによって決まる。科学とは常に発展途上であり、我々は常にその発展経過の中のあるフェーズにいる。そのフェーズの知見は、過去に比べれば格段に豊富であっても、未来に比べれば、あるいは究極の真理に比べれば、未熟で不完全なものである。しかしそれを嘆いたり、あるいは未熟で不完全だから価値が乏しいとするのは敗北主義者または哲学の領域の話であって、現実世界では現在のフェーズの知見を、その限界を認識したうえで受け入れ、ゴールに向けて前進するのである。

 

363

既述の通り(289)、現在では多くの研究者が依存症を皮質下の衝動発生機構と前頭前野の制御機構のバランスが崩れた状態であると考えている3020)。依存症の研究を医学研究の一つとして位置づける以上、そのゴールは治療法の開発である。

 

364

では、現在のフェーズの知見、すなわち、「依存症は、皮質下の衝動発生機構と前頭前野の制御機構のバランスが崩れた状態である」という仮説は、それに基づいて新たな治療法を試みる段階に達しているのか。これについては、達しているとする立場も、達していないとする立場もあろう。ただ事実として言えるのは、すでにこの知見に基づいた治療法として、報酬系をターゲットとする薬物療法、そして側坐核の磁気刺激や手術などが、薬物依存に対して果敢に試みられているということである。

 

365

窃盗症についてはどうか。窃盗症の研究を医学研究の一つとして位置づけるのであれば、そのゴールは治療法の開発である。では現在のフェーズの知見は、それに基づいて新たな治療法を試みる段階に達しているのか。治療法を強く希求する立場からいえば、達しているという考え方もありうるが、薬物依存に比べれば、窃盗症についての現在のフェーズの知見は著しく乏しいと言わざるを得ない。薬物依存は、動物における薬物自己投与実験という、動物モデルの開発をきっかけとして大きく進歩したが、窃盗症においては動物モデルの作成はおそらく不可能である。すると、薬物依存と比較したとき、治療法開発への応用はまだまだ時期尚早とする立場がありうる一方で、動物モデルの作成が不可能である以上、薬物依存と同じフェーズまで研究が進むのを待っていたら永遠に治療法は開発できないことになるのであるから、もし窃盗症の画期的な治療法の開発を求めるのであれば、薬物依存とは別の基準で仮説を評価しなければならないであろう。

 

366

これは医学・医療の立場からは真剣に追求しなければならない問題であるが、本稿『窃盗症論1』『窃盗症論2』のテーマは治療ではない。『窃盗症論2』の冒頭「」1に明記した通り、「窃盗症の被告人を擁護も非難もしない」が本稿で堅持する立場であるところ、もし治療論を前面に出せば、どうしても擁護に傾くことが避けられない。よって本稿では、治療を全く視野に入れないわけではないが、決してテーマとすることはしない。

 

367

本稿でテーマとして重視しているのは、『窃盗症論2』の「起」6、7に記した、「精神障害とは何か」「責任能力とは何か」という問いである。

 

368

これらの問いへの入り口に位置しているのが、窃盗症の責任能力論である。

 

369

窃盗症の責任能力論が本稿のサブゴールであると言い換えることもできる。

 

370

そこで、治療法の開発ではなく、責任能力論をゴールに位置づけた時に、われわれがどういう探求のフェーズにいるかという観点から、本稿「転」で示してきた仮説をレビューしてみることにする。

 

371 (窃盗症: 仮説1)

仮説1(236図38)は、「罰が存在するにもかかわらずGOすなわち窃盗(万引き)の意思決定がなされる」というものであるが、これは一応は「仮説」としたものの、窃盗症という現象についての「報酬と罰」という概念を用いたモデルと言うべきものであるから、検証による正否判定の対象ではなく、それに続く論考の出発点として位置づけられる。

図78=図38  窃盗症: 仮説1

窃盗症でも薬物依存(嗜癖)と同様、報酬が罰よりも過大に大きく認識(予測)されているため、罰の存在にもかかわらず、GOすなわち窃盗(万引き)の意思決定がなされる。これが仮説1であるが、人間の意思決定はつきつめれば報酬と罰の認識(予測)によって決定されるものであるから、これは仮説というより、窃盗症という現象についての「報酬と罰」という概念を用いた説明と言うべきであろう。なお図の【脳内イメージ】は、図36(薬物依存)では「想像も知覚も含む」と記したが、窃盗症では「知覚」の場合が多いようである。すなわち、店に入り、品物を見たときに(知覚したときに)、「報酬の過大評価」が脳内に発生するのである。これは、Schultz1997の結果からは、その意思決定の内実に踏み込んで、「脳内の報酬系における、窃盗という行為についての報酬予測誤差の誤認識」と記述し直すことができる。

372 (窃盗症: 仮説2)

仮説2 (237図39)は、仮説1を窃盗症の臨床像にあてはめたものである。窃盗症とは、物品への欲求が動機ではなく、窃盗そのものが動機、すなわち「盗めために盗む」=「窃盗への衝動による行為」である。その衝動とは上の図78(図38)の報酬rewardに直結したものであることは、臨床像と仮説1(=窃盗症という現象についての「報酬と罰」という概念を用いたモデル)から必然的に導かれる。したがって仮説2も仮説1と同様、検証による正否判定の対象ではなく、それに続く論考の出発点として位置づけられる。

図79=図39  窃盗症: 仮説2  (薬物依存のメカニズムの窃盗症臨床へのあてはめ)

236図38仮説1からは、窃盗症における窃盗への衝動は、報酬rewardの過大評価に起因するという仮説2を導くことができる。言うまでもないが、ここでいう報酬rewardとは、実世界における報酬や利得ではなく、認識(予測)である。その認識(予測)は、物品の脳内イメージから惹起されるものであるが、物品そのものとしての利得ではない。物品から報酬rewardへの矢印を実線でなく破線にしてあるのはこのことを示している。

373(窃盗症: 仮説3)

仮説3 (253図47)は、報酬rewardの物質的基盤としてのドーパミンを導入したものである。窃盗症者においてドーパミンの関与が直接証明されているわけではないという意味では図47(=図80)は仮説であるが、報酬系とドーパミンの関係についての神経生物学的知見はすでに確立しているから、仮説2を認めるのであれば仮説3は自動的に導かれると言える。したがって仮説3もまた、窃盗症についての論考の出発点に位置している。(但し、報酬系に関与する物質はドーパミンのみではない。本稿でここまでドーパミンのみに言及してきたのは、本稿のテーマから逸脱する領域に議論が複雑化することを回避するためである。本稿のテーマとの関係では、関連する物質がドーパミンであるか否かではなく、関連する物質が脳内に存在するという事実がポイントである)

図80=図47 窃盗症: 仮説3

脳内の報酬系の主役がドーパミンであるのなら、報酬を求める意思決定・行動は、脳内のドーパミン希求に対応していると推定することができる。すると窃盗症における窃盗するという意思決定はドーパミンを目的とする意思決定であると言い換えることができる。

374 (窃盗症: 仮説4)

仮説4 (254図48)は、仮説2 (237図39)に記された報酬rewardとしてドーパミンを導入したものである。ここでも、窃盗症者においてドーパミンの関与が直接証明されているわけではないという意味では図48(=図81)は仮説であるが、報酬系とドーパミンの関係についての神経生物学的知見はすでに確立しているから、仮説2を認めるのであれば仮説4も自動的に導かれると言える。したがって仮説4もまた、窃盗症についての論考の出発点に位置している。

図81=図48  窃盗症: 仮説4

窃盗症における窃盗への衝動が報酬rewardの過大評価に起因する(仮説2)とすれば、その報酬は脳内報酬系のドーパミンと密接に関係している。ドーパミンが脳内に作り出した衝動が、窃盗症者の万引きの「動機」であると言い換えることもできる。

375 (窃盗症: 仮説5)

仮説5 (278図57)は、仮説1(図1)を脳内の対応部位に(ラフに)マッピングしたものである。ここでもまた、窃盗症当事者を対象として脳研究の確固たるデータは存在しないという意味では図82=図57は仮説であるが、脳へのマッピング前の仮説1は371に前述の通り、仮説というより窃盗症という現象についての「報酬と罰」という概念を用いたモデルと言うべきものであり、そしてそのモデルは「報酬rewardの過大な評価の、報酬系内部で発生」を起点としており、人間においてはそのような過大な評価を受けて行為するか否かの意思決定は前頭前野でなされる以上、その過程を脳内にマッピングするのであれば、図82=図57は最も妥当なモデルであると言えよう。

図82=図57  窃盗症: 仮説5

「GO」「NO-GO」の意思決定は前頭前野でなされる。前頭前野は報酬にかかわる皮質下の構造と密接なドーパミン神経の連結を有しており、報酬系を構成する部位である。したがって窃盗症において前頭前野の機能に障害ありと推定するのは合理的な仮説である。

376(窃盗症: 仮説6)

仮説6 (321図74)は、目標指向行動から習慣的行動に進展するという窃盗症の臨床的特徴を脳内にマッピングしたものである。この仮説6は薬物依存についての研究結果を窃盗症に援用したもので、「目標指向的行動から習慣的行動に進展する」は、窃盗症に限らず、多くの(あるいはすべての)嗜癖という病態一般に共通する臨床的特徴であるから、脳内メカニズムも共通しているとみるのは論理的にみて合理的である。窃盗症当事者を対象として脳研究の確固たるデータは存在しないという意味では図83=図74は仮説であるが、窃盗症の脳内メカニズムの説明としては、現時点における最も有力な仮説であるということができよう。すなわち窃盗症(をはじめとする嗜癖という病態)は、

第一段階: 「目標指向行動」として始まる。これはドーパミンによって脳内に作り出された衝動による行動であり、側坐核-内側前頭前皮質系の異常に対応すると考えられる。

第二段階: 「習慣的行動」に進展する。これは背側線条体-眼窩前頭皮質系の異常に対応すると考えられる。

図83=図74  窃盗症: 仮説6

脳内における側坐核-内側前頭前皮質系から背側線条体-眼窩前頭皮質系への移行は、臨床における目標指向行動から習慣的行動への移行に対応する。これを窃盗症にあてはめれば、「盗むために盗む=ドーパミンによって脳内に作り出された衝動に駆動されて盗む」から「窃盗を繰り返す」への移行に対応する。

377
以上が窃盗症という病態の脳科学的説明として、現時点(西暦2020年代)における最も有力な仮説である。

378
窃盗症の医学的説明のポイントは、この仮説も含めて総合すると、次の通りとなる:
(1) 窃盗症は衝動制御の障害である。ここで「衝動」とは、脳内に発生するインパルス(impulse = 衝動)を指す。
(2) 窃盗症における衝動制御の障害には、物質嗜癖(アルコール依存、薬物依存)と類似のメカニズムがあり、ドーパミンが関連している。
(3) 窃盗症の経過は物質嗜癖と同様で、当初の目標指向的行動から習慣的行動に変化していき、そこには「側坐核-内側前頭葉皮質系」から「背側線条体-眼窩前頭皮質系」への変化が対応している。

379
ここでしばしば提出される定番の指摘は、「それは仮説にすぎない」というものであろう。

380
378の(2)(3)については(特に「「側坐核-内側前頭葉皮質系」から「背側線条体-眼窩前頭皮質系」への変化が対応している」については)、その指摘は正当だが、このとき必ず論じなければならないのは「その指摘で何を指摘しようとしているのか」という問いである。

381
医学における定説とは、その多くが仮説である。精神医学においてはそのほとんどが仮説であるといっても過言ではない。

382
そもそも定説と仮説の境界は曖昧である。現代医学においては、統計的に証明されたものはエビデンスとして尊重され、エビデンスレベルの高いものが定説としての地位を獲得しているが、その根拠が統計である以上、仮説であることに変わりはない。

383
すると、「定説か仮説か」という問い自体にあまり意味はない。意味があるのは、「その仮説(または定説)に基づき、どのようなアクションが正当化されるのか」という問いである。

384
つまり380の「その指摘で何を指摘しようとしているのか」という問いは、「その指摘自体は事実(仮説であるという事実)を反復して言っているにすぎない。いま問題なのは、その仮説に基づいてなそうとしているアクションが正当化されるか否かであるが、その指摘は何が(どういうアクションが)正当化されないと指摘しているのか」という問いである。この問いに対する答えは、なそうとしているアクションによって異なるのは自明である。

385
「なそうとしているアクション」は359で述べたゴールとフェーズ によって決まる。

386
医学・医療であればゴールは治療である。治療のためには脳内メカニズムについての仮説は大いに有用である。表面に現れた症状ではなく、脳内メカニズムをターゲットにすることではじめて、根本的な治療法の開発が期待できることは言うまでもない。すると医学・医療において真に意味のある問いは、「その仮説に基づいて新たな治療法を試みることのメリットは、デメリットを上回るか」ということになる。デメリットとはすなわち新たな治療法に伴うリスクである。メリットとはすなわち新たな治療法に期待できる効果で、このとき、その治療法を試みなかった場合の患者本人の苦しみも重要な要素になる。リスクは小さければ小さいほど望ましいのは当然だが、他に有効な治療法がなく、かつ、治療しなかった場合の患者の苦しみが大きければ(治療しなかった場合に生命に危険があれば尚更である)、リスクを犯してでも新たな治療を試みることが正当化される場合があろう。

387
ということは、ゴールはフェーズと結びついているということである。今われわれが他の代替手段が存在しないフェーズにいるのであれば、仮説の証明を待たずにアクションすることは正当化される。正当化されるというより当然であるというべきであろう。

388
刑事裁判ではゴールは非難可能性の評価である。すると脳内メカニズムは医学・医療に比べると重要度は低い。被告人の行為(犯行)についての脳内メカニズムが鑑定で「証明」された場合、刑事裁判ではしばしば、被告人への非難が軽減されるが(すなわち責任能力なしの方向に傾くが)、それは典型的なBrain Overclaim Syndrome (本稿「承」224)であって失当である。それが犯行であれ何であれ、人間の行為にはそれに対応する脳内メカニズムがあるのは当然であるから、「脳内メカニズムが証明」されたことは、「脳内メカニズムが存在することが証明」されたわけではなく、「証明される前から存在すること自体はわかっていた脳内メカニズムの実態が証明された」ことにすぎない。したがって脳内メカニズムが「証明」されたことは、非難可能性とは何の関係も持たない。人間の行為は、脳内メカニズムとは別のレベルで評価しなければならないのである。

389
では窃盗症について脳内メカニズムを示すことは刑事裁判では何の意味もないかというとそうではない。ゴールは常にフェーズと結びつけて考えなければならない。

390
窃盗症の刑事裁判のフェーズとはすなわち、判例の動向であり、それは本稿「承」に示した通りである。判例は、物品への欲求を犯行動機と認定する第一世代、被害店内での合理的・合目的的行為がなされていることをもって行動制御能力が保たれていると認定する第二世代、被害店に入店する前の行動に着目する第三世代の三つに分類できる(図84 = 図30再掲)

図84=図30.  窃盗症の犯行への影響・責任能力についての裁判所の論点
白抜き数字は本稿「承」での番号(したがって判例)に対応している。
なお、第一、第二、第三「世代」は必ずしもこの時間順に判例が出現しているという意味ではない。たとえば本論本文執筆時点(2024年2月)で筆者が認識している最も注目されている判例は窃盗症論1で紹介したCase TLであるが、そこでは第二世代に分類される判示がなされている。

391
これらのうち、第一世代の判例は、被告人の供述をもとに誤った事実認定がなされている疑いが濃厚である。

392
第二世代の判例は、窃盗症という病態についての誤解に基づいている可能性が濃厚である。

393
第三世代の判例は、責任能力についての法的解釈レベルの問題である。

394
いずれの世代の判例も大きな問題をはらんでいるが、窃盗症の脳内メカニズムとの関係でその問題を指摘し、そして今後の事例においてその問題を解消できることが期待できるのは第一世代と第二世代の判例である。

395
第一世代、すなわち、物品への欲求を犯行動機であるとする認定は、「行為には自覚的意図があるはずだ」という常識に基づくところが大きい。事実として窃盗がなされたのであるから、被告人はその物品が欲しかったのであろうという推定は合理的である。というより、それ以外の動機は考えにくく、欲しくないのに盗むという行為があるとは普通は思えない。だから取り調べでも被告人質問でも、欲しくてとったに違いないという前提による誘導がなされるのが常で、被告人から少しでもそれを肯定する答えが得られれば利得目的の犯行であるという認定があっさりとなされ、当該犯行は窃盗症によるものではないと結論されて終了になる。

396
実際には、物品への欲求によって盗んだにしては不合理な点があっても(事実、それがあることが非常に多い)、「その物品が欲しいから盗んだのであろう」という先入観があると、確証バイアス、すなわち、自分の想定する結論に適合する事実ばかりに目がいき、適合しない事実は軽視ないし無視するというバイアスが強く作動し、利得目的の犯行であるとする結論への疑いは生じにくいのが常である。

397
しかしこのとき、窃盗症の脳内メカニズムに基づいて、その行為が合理的動機を欠いた習慣的(=自動的)行動であることの説明がつくという知識があれば、被告人の供述や犯行態様について、前記の確証バイアスを離れて慎重に検討するという姿勢が生まれるであろう。この意味で、窃盗症の脳内メカニズムについての仮説は、刑事裁判のゴールを視野に入れたときに有用であるといえる。

398
第二世代、すなわち被害店内での合理的・合目的的行為がなされていることをもって行動制御能力が保たれているとする認定についても、窃盗症による窃盗行為が脳内メカニズムとして習慣的(=自動的)行動でありうることに照らせば、見直す必要が発生しよう。

399
このように、脳内メカニズムについての仮説は、より精密な事実認定と、認定された事実のより科学的な解釈に繋がるという意味で、刑事裁判のゴールである非難可能性の評価において有用である。

400
そして真の問いはその先にある。事実が正確に認定され、その事実が科学的に正確に解釈されたとき、窃盗症による犯行は非難できるのか。できるとしたらどこまでどのように非難できるのか。それは責任能力とは何かという問いに直接切り込む問いであり、そこには同時に精神障害とは何かという問いも避けて通れない問いとして姿を現すことになる。

「結」に続く  (未完)
 

 

(転)

2830) そもそも障害における本質とは何かという問いにはここでは踏み込まない。但し2点のみ確認しておく。第一は、本論「起」冒頭1に記した通り、「窃盗症の被告人を擁護も非難もしない」ことを堅持することの重要性である。もし「擁護」「非難」のいずれかの結論を先取りして論を進めるようなことがあれば、それは本質とは何かという論にも影響することになる。第二は、障害の本質を抽出しようとするとき、DSMやICDの有用性は著しく限定的だということである。なぜならDSMやICDのような操作的診断基準は、信頼性reliabilityを高めることを重視して作成されたもので、妥当性validityは著しく低いからである(本論「承」116-126)。特にDSMは、医学研究用のツールであって、その精神障害の本質を示すものではない1250)

2840) 衝動制御症と嗜癖の密接な関係については、「起」にも詳述した。また、医学生物学的にはほとんど同一のカテゴリーとさえみなされている2850)。

2850) Jentsch JD et al: Dissecting impulsivity and its relationships to drug addictions. Ann NY Acad Sci 1327: 1-26, 2014.  doi: 10.1111/nyas.12388

2860) これは薬物依存の行動から論理的に導かれる命題であり、その脳内メカニズムの解明を目指した多くの医学生物学的研究がある2870)

2870)  Motzkin JC, Baskin-Sommers A, Newman JP, Kiehl KA, Koenigs M. Neural correlates of substance abuse: reduced functional connectivity between areas underlying reward and cognitive control. Hum Brain Mapp. 2014 Sep;35(9):4282-92. doi: 10.1002/hbm.22474. Epub 2014 Feb 7. PMID: 24510765; PMCID: PMC4107096. ; Koob GF, Volkow ND. Neurobiology of addiction: a neurocircuitry analysis. Lancet Psychiatry. 2016 Aug;3(8):760-773. doi: 10.1016/S2215-0366(16)00104-8. PMID: 27475769; PMCID: PMC6135092. ; Fang Y, Sun Y, Liu Y, Liu T, Hao W, Liao Y. Neurobiological mechanisms and related clinical treatment of addiction: a review. Psychoradiology. 2022 Dec 16;2(4):180-189. doi: 10.1093/psyrad/kkac021. PMID: 38665277; PMCID: PMC10917179.   

2880) 視覚的刺激によって、窃盗への不合理な衝動が発生するというのがおそらく最も多いパターンであるが、一部には、店に入る前の段階で、「とりたい」という欲求が自覚される場合がある。そのようなケースは私の経験上は稀であるが、あるいはそうしたケースは「普通の」窃盗と区別することがきわめて難しいため、そもそも精神鑑定の対象にならないことが大部分なのかもしれない。

2890)そもそも脳内で生起している事象のうち、本人の意識にのぼるものはごく一部である。

2900) Olds J, Milner P : Positive reinforcement produced by electrical stimulation of septal area and other regions of rat brain. Journal of Comparative and Physiological Psychology. 47 (6): 419–27, 1954.  doi:10.1037/h0058775. PMID 13233369.

2910) Skinner BF: The Behavior of Organisms.  New York: Appleton-Century-Crofits 1938.   https://en.wikipedia.org/wiki/The_Behavior_of_Organisms

2920) И.П. Павлов『Лекции о работе больших полушарий головного мозга』1927年

 (邦訳: 林髞訳 『パヴロフ條件反射學 大腦両半球の働きに就いての講義』 三省堂.  東京. 1937年)

(英訳: https://psychclassics.yorku.ca/Pavlov/index.htm)

2930) Leshner AI: Addiction is a brain disease, and it matters. Science 278: 45-47, 1997 (doi: 10.1126/Science. 278.5335.45); Wise RA (October 2002). "Brain reward circuitry: insights from unsensed incentives". Neuron. 36 (2): 229–40. doi:10.1016/s0896-6273(02)00965-0. PMID 12383779. ; Wise RA (1996). "Addictive drugs and brain stimulation reward". Annual Review of Neuroscience. 19: 319–40. doi:10.1146/annurev.ne.19.030196.001535. PMID 8833446. ; Bozarth MA, Wise RA (1985). "Toxicity associated with long-term intravenous heroin and cocaine self-administration in the rat". JAMA. 254 (1): 81–3. doi:10.1001/jama.1985.03360010087032. PMID 4039767. Brain-stimulation reward : a collection of papers prepared for the first International Conference on Brain-Stimulation Reward at Janssen Pharmaceutica, Beerse, Belgium on April 21-24, 1975 / edited by Albert Wauquier and Edmund T. Rolls.  International Conference on Brain-Stimulation Reward (1st : 1975 : Beerse, Belgium) Wauquier, A. (Albert) Rolls, Edmund T. Janssen Research Foundation. European Brain and Behaviour Society European Training Programme in Brain and Behaviour Research.  Amsterdam : North-Holland ; New York ; American Elsevier, 1976.  Crow, T. J. (1972 ). Catecholamine-containing neurones and electrical self-stimulation. 1. A review of some data. Psychological Medicine 2, 414–421.  Crow, T. J. (1972 ). A map of the rat mesencephalon for electrical self-stimulation. Brain Research 36, 265–273.

2940) 本人には意識しえない脳内メカニズムによって盗むのが窃盗症による窃盗であることに鑑みると、「盗むために盗む」という表現は誤解を招くおそれもある。なぜなら「盗めために盗む」は、前段の「盗むため」を本人が意識しているようにも受け取れるからである。この点、「法と精神医療学会 第38回大会」(2023.12.2. 香川大学)のシンポジウムにおいて、平井慎二医師(下総精神医療センター)から、「窃盗症の窃盗を「盗むために盗む」と表現するのは誤りである」とご指摘いただいた。確かに厳密には正確な表現でないとも言えるが、「盗むために盗む」は窃盗症の窃盗についての描写として最もわかりやすくポイントを突いたインパクトあるものであることは確かであるので、定番とすることに問題はないと思われる。但し誤解を受けないように適宜説明を追加することは必要であろう。なお、ブロイラーも窃盗症の窃盗を “ein Stehlen um des Stehlens 窃盗のための窃盗”と表現しているのは既述の通りである240)250)

2950) 窃盗症の当事者は、とった理由を問われても自分でもわからないと述べることが多いが(刑事記録上は、「欲しくてとった」という供述が残されていることが多いが、その大部分は取調官の誘導等による結果である)、時には「指示された」かのような主観的体験を吐露することがある。筆者が精神鑑定を行ったある窃盗症の被告人は「私の頭から指令を受けた」と表現していた。

2960) Schultz W, Dayan P, Montague PR: A Neural Substrate of Prediction and Reward. Science 275: 1593-1599, 1997.

2970)

2980) Khilkevich A et al: Brain-wide dynamics linking sensation to action during decision-making. Nature 634: 890-900, 2024.  DOI: 10.1038/s41586-024-07908-w; Moerel D et al: Selective attention and decision-making have separable neural bases in space and time.  J Neurosci  44(38):e0224242024. doi: 10.1523/JNEUROSCI.0224-24.2024.; Gore F et al: Orbitofrontal cortex control of striatum leads economic decision-making.  Nat Neurosci 26: 1566-1574, 2023.  doi: 10.1038/s41593-023-01409-1; O'Connell RG et al: Neurophysiology of human perceptual decision-making. Annu Rev Neurosci 44: 495-516, 2021.  doi: 10.1146/annurev-neuro-092019-100200.; Imai E et al: Brain-behavior relationships in the perceptual decision-making process through cognitive processing stages.  Neuropsychologia 2021 May 14:155:107821. doi: 10.1016/j.neuropsychologia.2021.107821. ; Sosa M et al: Navigating for reward.  Nat Rev Neurosci. 2021 Aug;22(8):472-487. doi: 10.1038/s41583-021-00479-z. Epub 2021 Jul 6. PMID: 34230644; Kingsbury L et al: Correlated Neural Activity and Encoding of Behavior across Brains of Socially Interacting Animals. Cell 178: 429-446, 2019.  doi: 10.1016/j.cell.2019.05.022. ; Andrews-Hanna JR et al: Functional-anatomic fractionation of the brain’s default network. Neuron 65: 550-562, 2010.  doi: 10.1016/j.neuron.2010.02.005. ; Gold JI and Shadlen MN: The neural basis of decision making.  Annu Rev Neurosci 30:535-74, 2007. doi: 10.1146/annurev.neuro.29.051605.113038.

2990) Ceceli AO et al: The neurobiology of drug addiction: cross-species insights into the dysfunction and recovery of the prefrontal cortex. Neuropsychopharmacology 47: 276-291, 2022. doi: 10.1038/s41386-021-01153-9.; Goldstein RZ et al: Dysfunction of the prefrontal cortex in addiction: neuroimaging findings and clinical implications. Nat Rev Neurosci 12: 652-669, 2011. doi: 10.1038/nrn3119.

3000) いわゆる「脳の三位一体説」である。この説は誤りであるという興味深い主張もあるものの (Barrett LF (2017).  How emotions are made: The secret life of the brain.  Houghton Mifflin Harcourt. 高橋洋(訳) (2019). 『情動はこうしてつくられる – 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』 紀伊國屋書店. 村松太郎: では非難される主体はどこにいるのか --- 司法精神医学の立場から.  In: 『感情がつくられるものだとしたら世界はどうなるのか』村井俊哉、鈴木貴之、佐藤弥、植野仙経 編集. 金芳堂. 2025年)、現代においては有力というレベルを超えて確固たる定説の地位を確保している。

3010) 衝動が発生し、それを受けて意思決定し、行為として発現される。この脳内メカニズムを刑法38条「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」と対比させたとき、非難(=有罪)のターゲットが脳内に生起する一連のプロセスの中のどこに位置されるかが、neurolawの観点からは非常に興味深いテーマである。

3020) Liu X et al: Cellular and molecular basis of drug addiction: The role of neuronal ensembles in addiction.  Curr Opin Neurobiol  2023.  doi: 10.1016/j.conb.2023.102813.; Solinas M et al: Dopamine and addiction: what have we learned from 40 years of research. J Neural Transm (Vienna) 126: 481-516, 2018. doi: 10.1007/s00702-018-1957-2. ; Kauer JA et al: Synaptic plasticity and addiction. Nat Rev Neurosci 8: 844-858, 2007. doi: 10.1038/nrn2234. ; Nestler EJ: Is there a common molecular pathway for addiction?  Nat Neurosci 8: 1445-1449, 2005. doi: 10.1038/nn1578.

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